on dyslexia

ディスレクシア
(読字障害、読み書き障害、失読症、難読症、学習障害、読み書きのLD)について、調べて分かったこと/実践したこと/英語から訳した文章をアップしています。

ディスレクシアとは:
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知能は普通だが、読み書きが苦手(誤字が多い、読み書きが遅い、読み間違いが多い)。
-勉強しているにもかかわらず、読み書きがなかなかできない状態を指す。知的障害ではなく、普通~ギフテッドのあらゆるIQにみられる。
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独創的で、​​対人能力が高い。
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全体像の把握、物事の関係性・ストーリーの把握、空間把握、ifを考えるシミュレーション能力
に長ける。
- ​音と文字の脳内での結びつきが弱いことから起こるらしい
- ​読み書きの困難は、日本語より英語に出やすい。その理由は、英語のほうが日本語よりも"音の粒"が小さいから​
- ​細​​​​かい聞き間違いがみられるが、音声情報の処理能力は高い
- エピソード記憶が得意。固有名詞などの細かい丸暗記は苦手
- 適切に対処すれば、読みの問題は表面上は克服される-
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10人に1人程度いるというのが通説
​。アメリカの調査では3人に1人とも
- 家族性であり、遺伝による​。ただしディスレクシアの表れ方は個人差が大きい



当ブログは、ディスレクシアはこれからの社会に不可欠な才能である、でも日々の学習では普通と違うアプローチが必要--という立場です。


2012-10-23

スピルバーグ ディスレクシア


スピルバーグがディスレクシアだというニュースのもとになった、アメリカのサイトに出ていたインタビューの全文を訳しました。元の動画はこちら


・ディスレクシアだと診断されて、長年の謎が解けた

・学校ではいじめも受けたが、映画に救われた

・今は遅いが読める。人より深く文章を味わうことができる

・ディスレクシアの子は、自分が思っているよりもはるかに多いし、克服できる





----ディスレクシアであることで一番困難に感じたことは何でしょうか。と言っても、まだディスレクシアと診断されて何年かしか経っていないわけですが。

診断を受けたのは5年前です。とはいえ、生まれたときからずっとディスレクシアでした。ディスレクシアだと分かって多くのことが説明がつきました。パズルの最後の1ピースがはまったような……ずっと一人で抱えて生きてきた、巨大な謎が解けたような。

私の場合、幼い子供の頃、学校で読むのがとても遅かったのが始まりでした。学校では少なくとも2年は……2学年遅れていました。だからありがちなことですが、いじめも受けました。いじめから他の学校問題もたくさん起きましたが、その根本原因は恥ずかしかったこと、授業中に人前に立って読めないことに起因していました。

----他の人と違うということはずっと分かっていましたか?友達作りに影響しましたか。

自分の身の回りで友達を作ることはそんなに難しくありませんでした。友達はたくさんいました……というか、友達にはフットボールが投げられない人、野球のボールをキャッチができない人がいた(だから「グーニーズ」を作ったんですね)その通り。あの映画を作ったのは、自分が子供の頃goon squadの一員だったからです。
後になって分かったのですが、当時の仲間にはさまざまな「障害」というか「逸脱」がある人がたくさんいた。そういう点では共通点のある友達がたくさんいました。今思えば、その中にはディスレクシアの人も何人かいました。自分はディスレクシアがあったからこそ、自分は人と違うんだということを最初に認識できました。
ディスレクシアという名前は知らなかったけれども、学校に行くのは嫌でした。小学校3年、指名されて、教科書をクラス全員の前で朗読するとなると……それは長い長い人生最悪の時期の、よくある長い長い1日のひとつですね。

----気にしてくれる教師はいましたか。一緒に頑張りましょうと言ってくれる教師はいましたか。

いました……わかってくれない教師もいましたが。どうしてこんなに読みの力が遅れているのか親と話す人もいました。とはいえ当時は1950年代。ディスレクシアについてのもプログラムも本もありませんでしたし、私にディスレクシアの診断を下す人もいませんでした。だから「この子は一生懸命勉強していない」「努力が足りない」「だらけている」と決めつけることしかできませんでした。

----ご両親、どちらの方が熱心でしたか。

母は英語、父は数学と歴史を見てくれました。両親とも授業に遅れないようにすることについては、非常に熱心で厳しかったです。宿題の丸付けが終わるまではテレビをつけることも厳禁。みんなそうでしょう?

----いじめに遭った時は、どのように対処しましたか。

映画を作ることですね。映画を作ることが、埋め合わせになりました。

----学校時代一番つらかったのはいつですか。

中学時代かな……7年生、8年生。他人の視点から自分を見ることができるようになる前の子供は、時として本当に意地悪になり得ます、人を深く傷つけているという自覚もないままに。いま大人として当時を振り返って、自分が経験したことを何ひとつ恨んでいない、いまになると分かりますし。でも中学時代が一番厳しかったと思います。

----ディスレクシアでなくても、中学時代は誰にとってもきつい時期ですよね、みんなクレイジーだから…

まあエネルギーの有り余った時期だからね。そのエネルギーは建設的に使われることも、人を傷つけることもある。万能感を感じたくて、いじめたりからかったりすることは確かにありますよね。……
でも、自分は被害者だと感じたことは一度もないのです。映画が自分を助けてくれた、屈辱感や罪悪感から救ってくれたからです。映画があったから、自分を責める必要のないことで自分を責めずに済んだところがあります。自分は何も悪くないのだから。映画作りが自分にとって一番の逃げ場でした。もろもろを克服できたのは映画のおかげです。

----当時のご自身の感じ方を示している映画はありますか。

いえ、自分の初期の映画は、映画館で観客として見ていた映画の真似ですから。純然たる……戦争映画、ウェスタン映画、SF映画とか。主張も込めていませんでした。映画監督になるはるか昔の話ですよ。
アウトサイダーだと感じるという観点から言うと、映画は自分の持っているスキルで安心していられる場所でした。

----もっと早く診断を受けたかったですか。

ええ、もちろん。自分と同じような人がたくさん、たくさんいるということを、教えてもらいたかった。自分の周りにも、自分が何に直面しているのか、言葉で説明できない子がいました。自分とまったく同じような友人が何人かいたのを覚えていました。でもそのことについて話す言葉が当時はありませんでした。
対応してくれる人、あの大変な時期を共に乗り越えてくれる人がいたらよかったのに、と思います。

----なぜこんなことを聞くかといいますと、診断を受けた人の中には自分にかまってくれるなと言う人が時々いるからです。でもあなたは、すぐに助けがほしかったと……

問題を棚上げにしたくないからです。克服できる方法があるなら知りたいと思いますし。
もう一つ、こうした仕事をしていると、読むことは非常に重要です。仕事で本や台本を読まなければなりません。そこで私は、補完して余りあるほどの術を身につけました。もう恥ずかしいとは全然思いませんが、私は120ページを読むのに2時間45分から3時間かかります。たいていの人は1時間10分で読める分量です。人より読むのが遅いことは分かっていますが、適応する術を身に着けたというか……
一方、私は読んだ内容をよく理解できるのです。読むのが遅い分、内容のほぼすべてを完璧に覚えている。流し読みということがありません。私には文章を味わう力、良く書かれた文章を深く味わう力があります1冊の本や台本を読むのにすごく時間がかかるからでしょう。


----高校中退後、再入学して卒業したとか?

大学ですね。(大学を中退後、同じ大学に再入学して、優秀賞をもらって卒業したとか?)
子供が生まれたんです。21歳とか22歳の頃。大学卒業までには何年かまだ残っていました。確か2年生の時に正式に中退したと思います。
それで、自分の子供が大きくなって「だってお父さんだって大学出てないし」みたいなことを言い出したので、それでロングビーチに戻り、当時取れなかった単位を取ったのです。
キャリアが教育の邪魔をしましたが、もう一度学校に戻って……素晴らしい経験でした、卒業式には両親も子供も来てくれて、「一度何かを始めたら終わらせなければならない」ということを教える、いい機会になりました。

----お子さんが生まれたこと以外に、大学を中退した理由はありますか。

大学を中退したのは仕事に就いたから。TV局のディレクターの職を得ました。1969年、絶好のチャンスでした。ドロップアウトしたのではなく、ディレクターになるために学校から意気揚々と旅立っていったのです。

----英国の女王様に表彰されるのは、どんな気分でしたか。

素晴らしい名誉です。女王様からは、名誉騎士への推薦を受けて、ワシントンDCでイギリス大使から授与されました。

----ディスレクシアの幼い子供たち、これからいろいろ直面する子供たちに、何か一言お願いします。

自分が思っているよりもずっと多いし、君は1人ではないということ。読みの力を加速すること、書きの力を加速する方法はあるのです。対処できる方法はあり、克服できない種類のものではありません。一生つき合っていくものですが、何というか……自分の行きたい所にたどりつくため、雨粒の間をよけて行くような。それによって何かを諦める必要はありません。