on dyslexia

ディスレクシアとは:

- 知能は普通だが、読み書きが苦手(読み間違いが多い、読むのが遅い、書き間違いが多い)。
-勉強しているにもかかわらず、読み書きがなかなかできない状態を指す。知的障害ではなく、普通~ギフテッドのあらゆるIQにみられる。
-独創的で、対人能力が高い。
全体像の把握、物事の関係性・ストーリーの把握、空間把握、ifを考えるシミュレーション能力に長ける。
- 音と文字の脳内での結びつきが弱いことから起こるらしい
- 読み書きの困難は、日本語より英語に出やすい。その理由は、英語のほうが日本語よりも"音の粒"が小さいから
- 細かい聞き間違いがみられるが、音声情報の処理能力は高い場合が多い
- エピソード記憶が得意。固有名詞などの細かい丸暗記は苦手
- 適切に対処すれば、読みの問題は表面上は克服される
- 10人に1人程度いるというのが通説
- 家族性であり、遺伝による。ただしディスレクシアの表れ方は個人差が大きい

当ブログは、ディスレクシアはこれからの社会に不可欠な才能である、でも日々の学習では普通と違うアプローチが必要--という立場です。

2017年、当ブログで分かったことをもとに、東京・新宿にディスレクシア英語塾「もじこ塾」を開設。以来、このブログももじこ塾の話題が中心になっています。

2020-02-15

「真摯に,心のままに進めば,きっと道は開ける。もしあなたがディスレクシアなら」

もじこ塾は2月頭が誕生日です。3周年を迎えました。





わたくしごとですが、開設4年目にして、もじこはもじこ塾一本に仕事を絞ることになりました。
長く教えて来た予備校も、今年度で契約終了。
先週,最後の授業が終わりました。あまりにあっけなくて、まだ実感がありません。

それより少し前、11月末には、最後まで残っていた翻訳会社の登録を終了させてもらいました。
翻訳会社の人とは名残惜しく別れました。
こちらのほうが、個人的には感慨深かったです。
15歳の時にZ会の通信添削を(生徒として)始めたときから30年以上、ほぼ毎日訳してきて、死ぬまで翻訳業を続けるつもりだったので・・・翻訳会社に登録終了をお願いするメールを出した瞬間、熱が出ました(苦笑)。

これからは、翻訳技術は生計のためではなく、ディスレクシア界隈のcommon goodのために使っていきます。

~~

ひとつ物事を整理すると、ひとつ新しい展開が飛び込んでくるもので、
もじこ塾はいま、新たな段階に入ろうとしています。
(こんな書き方しかできず、すみません。もうすぐ発表できる予定です)
ここまでほいほいと、いろんなことを即断即決してきた私ですが、今回は柄になく、ものすごく迷ってます。

IDAで聞いた言葉があります。
「真摯に,心のままに進めば,きっと道は開ける。もしあなたがディスレクシアなら」
そろそろ私もディスレクシア的思考法を習得したので(笑)、この言葉に従ってみようと思っています。

☆   ☆   ☆

以下は、昨年7月の津田塾大学の講演のために用意していた原稿なのですが、時間切れで読めませんでした。
若い女子学生の人たちを念頭に置いて書きました。
長いですが、ここに置いておきます:

~~~


生徒たちからは、いろんなことを学びました。





二十歳の頃の私は、自分がもじこ塾のような仕事をすることになるとは、もちろん思ってもいませんでした。

大学に入ったものの経済学に徹底的に向いていないと分かった頃で、何をしたらいいのか分からず、どん底の時代でした。

そこから指導教官に授業での訳をほめられたのをきっかけに、翻訳者という目標を見つけて、10年の下積みを経て翻訳者になりました。

訳すという行為は楽しく、死ぬまで訳し続けると信じていました。
私はハイパーレクシアで、字はとてもよく読めるので、特性を生かせる仕事だったと思います。
ただ、翻訳者という仕事はとても孤独でした。

ちなみに、予備校講師は、翻訳学校の学費を稼ぐために始めた仕事でした。
これも20年以上続けています。
だから私は、教員免許も持っていないし、新卒での就活もしてません。

ディスレクシアを知ったのは、子供がそうだと指摘されたとき。翻訳案件でディスレクシアについて訳したことがあったので、あのことかと分かりました
そして、その日のうちに、ディスレクシアは個人的な学力不振の問題でなく、はるかに射程距離がある社会的な問題だと、直観的に分かりました。
以来10年近く、ずっとこの直観の謎解きをしている状態です。

謎解きをするなかでブログを始めたら、どんどん人が集まってきて、情報も集まってきて、それで塾を作るに至りました。

・・・

今は生徒から日々学んでいます。
知れば知るほど、知らないことが出てくる状態です。

ディスレクシアというテーマに出会ってから、私の人生は大きく方向転換しました。
なぜかは分かりませんが、この界隈には一期一会があふれています。

すごくいろんなことを教えてくれる人が現れたり、
生徒との会話がとても深いところまで行ったり、
たまたま本を開くと、そこに知りたいことが書いてあったり・・・

エビデンスは全然ないのですが、この界隈は説明のつかない展開にあふれています。
おそらく、ディスレクシアがそういう人種だからだと思います。

ディスレクシアに英語を教えるのは、生徒は大変そうですが、
教師的には感動がいっぱいあります。

「これまで感じていた違和感は、ディスレクシアだったからなんだ」
と気付くとき、
読めない生徒がフォニックスを知って、「こうやって読むんだ」
と気付くとき、
訓練の結果「前より読めるようになったかも」と生徒が気付くとき・・・

そういう瞬間というのは、ほんとうに尊く、得難くて、その人の人生を変えているんだなと分かります。
英語を教えていてそこまで思えることは,なかなかありません。

かつて私は予備校で
「上位3割のために授業というものはすればいいのであって、あとは切り捨てて下さい」
と言われてきました。
(#この予備校の名誉のために言うと、これはその時代ならではの発言です)
実積主義だけで学校を作ると、こういうことになります。
生徒も辛いと思いますが、教える側もわだかまりが残ります。

ディスレクシアを知っていると、生徒の見え方がとても変わります。
切り捨てられる生徒が減ると、クラスの雰囲気が変わり始めます。

・・・

一方で、ディスレクシアの生徒は、同年代の同じ知的能力を持った人ほどは、簡単には読めるようにならないので、やはり学校では苦渋の決断を迫られることが多いのです。

そんなとき生徒は、真摯に、自分の心を信じて、そのときの直観で決断を下します。

こういう生徒の前では、見栄とか、プライドとか、「英語ができる私は勝ち組」的な発想は、あっという間に見透かされます。
相手の本質をちゃんと見て話すことが要求されます。
生徒には本当に鍛えられます。

最近は、私もだいぶ生徒たちに感化されたようで、「これはきっと生徒も良いと言うだろう」と分かってきました。
生徒たちが良いという方向に行く限りは、悪いようにはならないだろうという自信,直観があります。
この直観力ができてからは、老後の不安がなくなりました。

・・・

「真摯に,心のままに進めば,きっと道は開ける。もしあなたがディスレクシアなら」

これはアメリカの学会で、若いディレスクシアの人が登壇して話していたことです。

変な見栄を捨てて、自分にできることできないことを見極め、直観を信じて進むこと。
ディスレクシアならそれができる・・・
という話だったのですが、私もそうなりたいと切に思いました。

もちろん、ディスレクシアについて多くの人に知ってほしいですし、
特性理解のできる教師を増やしたいと思っているんですが、
何より、ものごとが腑に落ちる瞬間がものすごく多いので、
ディスレクシアを知れてよかったと思ってます。
こちら側にいたほうが、教師的にもそれ以外でも、絶対ハッピーです。

自分のなかの非・定型的な部分を自覚すること。
おそらく、これがインクルーシブの第一歩なのだろうと思います。

・・・

日本で英語が教えられるようになって、150年がたちました。
津田梅子先生はそのパイオニアです。
明治以来、さまざまな方法で、日本人に英語を教える方法が模索されてきました。

私は、「わからない」と声をあげられないけど,ディスレクシア的な教え方が適している人は、人口の10%どころか,半分くらいはいるのではと思っています。


まだまだ、日本の英語教育は変われる可能性があり、ディスレクシアという存在は、日本の英語教育を変えるための大きなヒントを与えていると思います。

ご清聴ありがとうございました。

2020-01-08

名古屋(と新宿)で講演会を行います

あけましておめでとうございます。



いよいよ2020年。
もじこ塾的にはオリンピックイヤーではなく
(→パラリンピックは合理的配慮を後押ししたという意味で,少し関係ありますが),
センター試験が変わる年,
そして何より,小学校で英語が必修化される年です。

去年は今までになく,いろんなことがありました・・・
その上で,この道は大変だけれど前に行くしかなく,
一番の判断基準になるのは他の誰でもない,生徒の反応なのだという思いを,新たにしています。

本年も,もじこ塾は生徒とともに進化します。

ご指導ご鞭撻のほど,どうぞよろしくお願いいたします。


2/2(日)に,名古屋で講演を行います

ディスレクシア協会名古屋さん主催の講演会で,話をさせていただきます。
同会は,とても知識豊富で勉強熱心な会員の集まりです。昨年7月に講演に行ってきましたが,聴衆の熱意に圧倒されっぱなしでした。
続きの話をとのことで,日帰りで名古屋に行ってまいります。
わずかですが,お席があるようですので,近隣地域の方はぜひお越しください!

(お申し込みは主催者に直接お願いします)


ディスレクシア協会名古屋主催の講演会のお知らせです!

◆日時  2月2日(日)午後2時〜4時(受付1時半〜)  
  会場  ナディアパーク 名古屋市民活動推進センター6階 集会室
     地下鉄「矢場町」駅 5,6番出口より徒歩5分

◇題名  『ディスレクシアに適した英語指導法に向けてPart 2:
講師 成田 あゆみ

◆内容
2020年度より、日本の英語教育制度は大きく変わります。
ディスレクシアの保護者や支援者として、この一大変化にどのように対策していけるのか、前回の講演を踏まえてお話しします。

・小学5年生以上で、英語が教科化されます。
ディスレクシアは日本語よりもはるかに英語に出やすい言語のため、今以上に読み書きの困難を訴える児童が激増すると予想されます。
残念なことに、現在の英語教育の現場では、ディスレクシアに適した英語指導法があることは知られていません。保護者、支援者として何ができるのか、もじこ塾の経験をもとにお話しします。
・また、大学入試も、共通テスト導入や合理的配慮など、大きく変わりつつあります。ディスレクシアにとってこうした変化がどう影響し、どう対策していけるか、お話しします。

  参加費  1000円


💛 申し込み先 yy-mary@tg.commufa.jp 080-3078-4514 (よしだ宛)
 ①氏名  ② 所属  ③ 連絡先 をご連絡ください。




~~~
1/18(土),中1ショック対策講習会

こちらはもじこ塾主催の講演会です。
毎年行っている中1ショック対策会を,1/18(土)に行います。

もじこ塾の中学生クラスの授業内容をできる限り詳しく紹介するとともに,東京で50人以上もLDの生徒を見ているからこそ知りうる,ブログに書けないような情報をできる限りお話しする4.5時間です。

筆記体練習帳,フォニックスのフラッシュカードや下敷き,ハリボーチャレンジなどの物販もあります。

次回はしばらく後になりますので,関心のある方はぜひお越しください!

詳しくはこちら→



2019-12-20

「フォニックスにはどのような効果がありましたか?」「学校の英語の授業に言いたいこと」

ワイデル先生の講演の場に,もじこ塾もポスターを貼らせていただきました。

生徒に上の2つの質問をして,その答えをポストイットに書いてもらい、一覧にしました。
なかなか読みごたえのあるものになったと思います。
(答えもですが,文字が実に味わい深いです(笑))





掲示した回答に,もじこ塾の全生徒さらには大学生の助手たちの回答をプラスした「完全版」を,以下にご紹介します。
ディスレクシアの生徒の訴えを,ぜひ聞いてください!



フォニックスにはどのような効果がありましたか?

◆初見の単語が読めるようになった
初見の英単語もフォニックスでだいたい分かる。また「読み方が分かっていてもつづりが分からん!」というのもあてはめれば(フォニックスで)けっこううまくいく。(多数)
初めてみる単語への糸口になっており実際に使うことによって解読に成功したような単語もあるのでかなり良いと思った。  
・フォニックスを学んで,英単語の読み方の法則を学べた。法則を使って読めるようになった数学で言う数式を学んだ感じだった。
英語の看板を読めるようになった。
フォニックスを知る前はローマ字的な子音字と母音字をセットにしないと読めなかったのが,一文字ずつ単語の中を見て口に出してみれるようになった(♯一文字ずつ音にする…これぞデコーディングです)  
なんでまわりの人が初めてみる単語を読めるのかがわかった
 


◆単語を覚えられるようになった 
・英語の読みがわかるようになってから,音で英単語を覚えられるようになりしだいにスペルもなんとなく覚えられるようになってきた
単語を覚えるのが早くなった。覚えられるようになった。新しくでた単語が初見で読めるようになった。単語テストで0点をとらなくなった。フォニックスありがとう。 
・以前より単語が覚えられるようになったり,言えるようになったり,読めるようになった。 
読めるようになっても、今度は「単語がなかなか覚えられない」という難敵が、ディスレクシアの前に立ちはだかります。

◆文が読めるようになった
・フォニックスを勉強してテストの英文が読みやすくなった。フォニックスをやる前は,ぜんぜん文が読めなかった。  
・フォニックスを勉強したことで単語や文章が読みやすくなりました。→意味もなく何回も単語を書いて覚えるだけではなくフォニックスを取り入れて練習することによって理解が深まりました。


◆マジックeの効果
・マジックeや,くわしいフォニックスなどを知ったことで,初めて見る単語でも「読めるかもしれない」という希望が持てました。  
・フォニックスをしてると,確実に書ける・読める単語は増えた。マジックeもあわせて知ることで幅が広がった。文を読むとき,フォニックスをやる前よりは,すらすら読めるようになった。明確ではないけれど,mとnの違いなどがわかりやすくなった。 
・マジックeについて知ったことで,初見の単語の発音をパズル的に推測することができるようになった。知らなかった頃は単語帳を一読するだけでも大変だった。

◆リスニング力が向上した
・フォニックスを行ったことで一番大きな変化は,リスニングが聞こえるようになった事だと思います。書き間違いが少なくなったことも,フォニックスをやったことの大きな成果だと思います。
・フォニックスを勉強したことで,英語がカタカナに聞こえて違う単語と間違えることが,少なくなりました。  

◆発音が良くなった
・単語が読めたり,英語の長文の日本語訳ができるようになった。学校の授業についていけるようになった。普段の英語の発音が前よりよくなった。  

◆書けるようになった
・一からわからなかった英語が読めるようになり,なれていくうちに書きも習得できるようになりましたそして学校ではわかりにくいところをやさしく教えてくれました。
・フォニックスを学ぶことによって1つの字と音の対応(発音)を完全に理解することができ,単語を簡単に覚えられるようになりスペルミスもなくなった。よって英語を始める時はフォニックスを完全に会得した後に単語の音読をする方が,永遠に単語を羅列するより遥かに優れているとおもう   

◆その他
ローマ字打ちが速くなった。

◆精神的な効果
・フォニックスは効果しかない。フォニックスなしではぼくは生きていなかった。  
英語に慣れたことが一番大きいです。また,読むつらさが前より和らぎました。これからも続けていきたいと思います。
・フォニックスを習うまでの学校における英語学習は地図の読み方を習わずに知らない大陸まで行ってこい,と言われているようなものでしたが,フォニックスを知ってからは,きちんて言語の学習ができています。
・フォニックスをやる前は,英語の単語があまり読めなく,読もうともしませんでしたが,フォニックスをやってから,読みやすくもなり,書きやすくもなりました。
 ・英語の単語や文が読みやすくなりました。あと,今までより英語がキライじゃなくなりました。
・英語を習い始めた頃からフォニックスを使っているので使わなかったらどうなるのかあまり分からない

◆課題
・フォニックスのお陰で初見の単語を読むときの助けにはなっているが,リスニング力の弱さの根本的な解決はフォニックスをもってしてもまだできていない
・フォニックスをやると単語を読めるようになるが,アクセントや文全体のリズムなど英語を読めるようになるまでには問題が多い私は今でも音節やアクセントの位置が良く分からず苦労している。フォニックスと一緒にアクセントや音節も明示的に教えてほしい。
フォニックスでは単語がおぼえられないんだよ理解してくれ単語を500回くらい書かされたけど1コも覚えてない(笑)ちなみにプリントをその後なくしたから1000回書いたし)・ローマ字読みという中1レベルのことができるようになった



学校の英語の授業に言いたいことは?

単語を何回も書かせるのをやめてほしい。時間の無駄!(多数)
・単語帳を渡されても読み方がわからない。  
・単語テストや,文章をはやく読ませるのをやめてほしい
・単語テストの直しで20回ずつ書かされた。
♯読めない単語は謎の暗号にすぎません。それを覚えるためと称して何度も書かされても、覚えることはとても難しいものです。  

字と音の関連を明示的に教えてほしい
・何故漢字は読み方を教えるのに英語は「自分で発音記号調べてね」なのでしょうか?何故読めないことがいると知っていながら授業で当てるのでしょう?トラウマ作りたいのでしょうか?何で「英語わからない」と知っていながら英会話の授業で先生は英語しか喋らないのでしょう?随分と浅い見識をお持ちのようで。
最初,英語はただの記号なので(地図記号やアラビア文字と同じ感じ)音を教えてくれないと読めないということをわかってほしい。  
ひらがなでさえ練習したのに,なんで英語は練習しないで大丈夫と思ったんですか? 
♯↑生徒たちが「これわかる」と一番言ったコメントです。同じことを「フォニックス」という言葉を使って訴えた生徒たちもいました。それがこちら↓

◆文字と音の対応(フォニックス)を教えてほしい
・フォニックスをやりはじめてから単語のつづりがわからなくなることはなくなりました。反復練習にはまともに意味はありません!字を書くことじたいがにがてなぼくにとってはストレスでしかありません。
・フォニックスを早いうちにやってくれたら,すばらしいと思う。学校の授業は頭に入ってこないから,家で母と1日20分やってカバーしてます。学校の授業(60分)<母(20分)なぜなのか?… 
・先生たちはもっとフォニックスを利用した教え方をしてほしく,単語のテストでもプリントをくばってそのままではなくアフターサービスもしっかりしてほしい。 

◆文法を教えてほしい
・文法を教えてほしい。教科書から文法以外の内容ばかりやっても,何も学べないし,つまらない。
・英語の中で文や単語単位でのパズルをする前提知識になる文法やフォニックスを教えてもらえないと,なんとなくにしかできなくて,自分のしていることすら説明できなくなってしまう。  

LDへの理解について
・自分たちの努力が試験や作文等の,紙の上でしか評価されないのがとても大変です。先生に理解があるだけで,自分たちも話しやすいです。
・ディスレクシアであることを先生から積極的に生徒に指摘してほしいとは思っていないですが,ディスレクシアだと分かったら,解決策がほしくなります。
・まず英語を学ぶことはどんなメリットがあるのかを言わず,いきなり学び始めることでモチベーションが保てない。先生の失敗談とかを話してくれるといいい。またLDを知ろうとしないのか,知っても理解できないのか,ただの無能なのか,生徒はびんかんに感じることを理解してほしい。
なぜに英語を教えようと思ったのか,なんで今教えているのか?  

◆言語だけを教えるのではなく
・日本語で授業してほしいです。
・英語を教える時は,外国の文化といっしょに教えてほしいです。よく知らない国の言葉は憶える気になりません。しかし,その国について深く知れば,学ぶ気になれると思います。

教師の発音を良くしてほしい
・教師は発音が悪い人ばっかり。英会話で急にネイティブの先生に来られても困る。
英会話のネイティブの先生の字はきたなすぎて基本読めない
・英語の先生の発音は日本人のための,日本人が聞き取りやすい英語になってしまっていて,ネイティブには通じにくい。
♯ディスレクシアは聞いた通りに書く傾向があるので、カタカナ発音で教えられるとそのまま書いてしまいます。

授業の進度が速い
生徒が理解していないのに勝手に授業を進めないでほしいほんとにイラつきます。   
・できる人に合わせているため,分からない人がいるのに少人数制にしている意味が分からない。
・かってにすすめないでほしい 

単語について
・夏休みの単語の(宿題の)量を考えてほしい。宿題はできるのが当たり前ではない
​・​単語のテストで勉強する時間が短い。→しっかり覚えられないままテストをするので逆効果だと思う。
~改善できるとしたら~
1回のテストで出す単語の量を減らしてほしい。
・授業で新単元を始めるとき,単語の使い方を「今の段階ではこれで覚えろ」と言われそれで覚えた結果,別の使い方をするときに覚えづらい。あと眠い。
・はんいが超多い単語テストがわからない。(フォニックスを使えば少しはできるが)それで居残り9時~10時とかつらいです…(涙)
#読む、書く,覚えるのが大変なディスレクシアにとっては、普通の生徒の2倍くらいに課題の量が感じられているようです。発育に影響が出るレベルの課題量は再考してほしいです(もじこ塾には細くて小さな子が普通より多いように感じます)


その他
四技能を授業に取り入れてくれたのがありがたい。教科書の文をプリントにしてくれて,そのプリントに黒板の内容を書けるスペースがあるのが,わざわざノートと教科書を見ずに済むのでありがたい。

  ・英検がすべてみたいな授業やめてほしい。テストの点をさらさないでほしい。この文ぜんぶおぼえて読んできてみたいのやめて 

・話すことの教育にもっと力を入れてほしい
・communicationにwritingはnonsense(Siri使用) 

・その時初めて見せられた文をいきなり暗記させて,人に読ませるのは,授業をしていて楽しいと思えないし,普通にきついから,やめてほしい。ても,単語100問テストは,自分がどれだけ覚えているかわかるから,良いと思う。

・私に合った勉強法ではなかったけれど,一緒に「ガンバロウ」という気持ちだけは伝わりました。(分からないまま終わってしまったけど…)

・英語のクラスはふたつに分かれて,少人数で行うのはうれしいが,先生によって宿題の範囲がバラバラだったり,ものすごく字がきたない先生など区別がつくのはやめてほしい。

 ・中1,2年の短い文しかない筆記テストは高得点だったのに高校受験になってから長文を読むのが同じレベルの中で極端に遅かったり,音読では学校の教室中で一番遅かったりしたときになぜなのかがずっと分からなかった。
♯「音読が普通より遅い」はディスレクシアの主な症状のひとつです。 

ほかのテストはがんばるから英語はめんじょしてほしい授業には全部でるし提出物も出すから,退学させないでほしい。優しく教えてくれるのはうれしいけど単語をしらないんだごめんなさい
・単語をしらないから対話は無理だ,諦めてるんじゃないんだよ,ほんとにひとこともしゃべれないんだ,対策やってってもなにいってるかわからなかったんだよ
・知ってるぜんていのプリントやめて,答えまるうつししたのは答えがわからなかったからだよ,だから点数さげないでくれよ,提出したじゃん

・少人数授業にしてほしいです。一人一人のレベルに分けて授業をしてくれたら,解ける人においていかれなくてすむからです。
長文のテストをやめてほしいです。

・きょうかしょにたよりすぎていておもしろくない。にほんじんのえいごのせんせいいらない。もっとテストでりすにんぐてすといれてほしい。


・~一般的な公立英語教育において辞めて頂きたいこと~
- 無意味な教科書の書き取り(手が疲れるandただの写経)
- 同じ文を何度も書かせる(暗記をさせた後に何があるのか教えてほしい)
#「検定教科書の会話文を書き写す(しかも何度も)が宿題で、たくさん書き写せばノート点が増す」という話を聞いたときは、目が点になりました・・・定型でもこれでは、単にその会話文に精通した生徒を作り上げるだけで、英語力という点ではほとんど意味がありません。
- 英語科教員の中途半端な発音のレベル(貴方の英語は海外で通用するのですか)
- 単語の教え方をもっと工夫してほしい(教科書通りだと間違い・・・が難しくなる)
- 文法がガバガバすぎる(最初の覚え方が非常に重要)
- フォニックスを教えて(読み方を教わらないと読めるはずもない)
~全中学教員に向けて~
- 生徒の意見を聞かず,自分の誤りを直さない人は,そもそも人間として未熟。まずはその不遜な態度を治しては?もしくは免許を返還しろ!



2019-12-02

12/6(金),ワイデル先生講演会@津田塾大で,もじこ塾が前座を務めます。

12/6(金)夕方、東京・小平の津田塾大にて、ディスレクシア研究の世界的第一人者,タエコ・ワイデル先生が、講演会を行います!
興味深い講演になることうけあいです。関心のある方はぜひご参加を。

主催:津田塾大学インクルーシブ教育支援室
詳細・お申し込みはこちらから↓

width="500">

リンク先から引用:
 2020年度から公立の小学校で英語が教科となり、第二言語として英語を学ぶ時期が早まります。 この状況下で、学習障害をはじめ、視覚障害やろう・難聴の子どもたちは言葉の学びに困難を抱えます。そこで、学習障害の1つ、ディスレクシアの専門家のワイデル・タエコ先生をお招きし、現在の英語教育の問題や、理想の英語学習についてご講演いただきます。 第二部は視覚障害の子どもたちに英語を教えてこられた、本学OGでもある股野儷子先生にもご登壇いただき、各種の障害の理想的な英語学習について議論します。本講演会は「LD児を含む子どもたちの理想的な英語学習を考える –ディスレクシアや各種の障害の視点から–」と題し、二部構成で開催いたします。
*****ワイデル先生のご講演では、特に、香港で第二言語として英語を学ぶ、ディスレクシアの子どもたちを対象にしたワークショップのお話などから、エビデンスをベースにした英語学習の実践のお話をいただく予定です。
第二部のパネルディスカッションでは、第一部のワイデル先生のご講演をふまえて、各種の障害の視点から「インクルーシブな英語学習」についてお話していただきます。今回の講演会が、ディスレクシアの子どもたちのみならず、様々な障害のある子どもたちへの有効な英語指導法でもあるのではないかなど、障害の種類を超えた「インクルーシブな英語学習」とはどのようなものか、皆様とご一緒に考える機会となりましたら幸いです!

もじこ塾は、この講演会の前座を務めます。
ご報告が遅れておりますが、7月に津田塾大学でもじこは講演を行いました
(その時の様子を、主催者の方がまとめて下さっています→)
ワイデル先生講演の前に、もじこ講演会の動画上映を行うそうです

なお、同日14:40-16:10に5102教室にて、ディスレクシア英語塾「もじこ塾」主宰 成田あゆみ先生の「読み書き困難(ディスレクシア)のための英語指導法に向けて」講演の録画を上映いたします。詳しくは津田塾大学インクルーシブ教育支援室Facebookをご覧ください。

もじこがワイデル先生の前座だなんて!(==)
めちゃめちゃ緊張しますし、私はこの動画は恥ずかしくて見れませんが、ディスレクシア英語教育のためならなんでも引き受けてしまいます。。興味のある方はよろしければぜひ。

ワイデル先生は「粒度と透明性の仮説」を提唱し、英語以外のディスレクシアにいちはやく注目した、この世界の第一人者です。もじこは共通の生徒に紹介して頂き、昨年はIDAでいろいろお話しさせて頂く幸運に恵まれました。
すでに多数の申し込みがあるそうです。ワイデル先生が一般向けに日本で講演される機会はめったにありませんし、それが多摩地区で行われるのも異例です。
お近くの皆様はぜひ足をお運びください!

2019-11-13

IDA@ポートランド,その3(PPR:反応の悪い生徒,tDCS:脳に微弱電流を流す,IDAに見られないもの)



帰国しました!昨日から授業を再開しています。
いろいろご連絡が遅れていて申し訳ありません・・・順次お返ししてまいります。

~~
「介入への反応が悪い生徒(Persistently Poor Responders:PPR)」
専用の指導をしてもなかなか伸びない生徒に関する発表がありました。
Non-respondersなど、いくつかの呼び名があるようです。

・オートン・ギリンガム(ディスレクシア専用指導)を3年行っても、効果がなかった
・週4日×2年、全230時間のプログラムもあまり効果なし
・・・など、胸が痛くなるプロフィールです。

・PPRは、音韻認識は持てるが、単語はなかなか読めない
→△音韻認識よりも、〇1つの単語をデコーディングする能力、
 さらには◎流暢性のほうが、PPRの指標になる

・ADHDの併発が少なくないが,ADHD自体はPPRの指標にはならない

・IQとは無関係。(IQと介入への反応に相関関係はない)

・PPRの脳を見ると、右脳のある部位がそうでない生徒より活性化している。
なぜそうなのかは不明。代償的なのかもしれない。

・PPRほど、訓練をしっかり受けた教師が担当する必要がある。

・記憶定着をはかるため、時間をかけて粘り強く、反復と練習を繰り返す必要がある。
訓練は、より長期的に行う必要がある。

・より明示的(explicit)な説明が必要
※別の発表で、explicitとは
「言葉で説明すること」ではなく、「手本を示すこと」だという指摘もありました。

・読む単語が難しくなるにつれ、PPRと非PPRの差は開いてしまう。でもPPRも成長はしている。how they are learningではなくwhat they are learningを見るべき(成長のスピードではなく、何ができるようになったかに注目すべき)

~~
生徒の顔が浮かぶ発表でした。もじこ塾にも何人か、フォニックスの表がなかなか覚えられない生徒や、フォニックスの表は言えても単語が読めるようにならない生徒がいます。

このような生徒は「音楽の耳」が良い気がします。ふわっと耳コピできて、発音がとても良いのですが、「読む」(デコーディング)にはなかなか至らない・・・

字を前にしたときの諦めが良すぎる印象がなくもないのですが,「こういう子たちも訓練の場に足を運んでいるということは,治療を拒絶しているわけではない」との指摘もありました。そうですよね。

日本語ネイティブとしては,PPRが英語にチャレンジするのなら、まず簡単な会話ができることを目標にすべきと思います。
また、限られたリソースを,英語よりも日本語に割いたほうがいいと個人的には思っています。日本で生きていくなら、日本語が読めることは大事です。

一方で、もじこ塾の助手にはPPRが複数いると思うのですが、助手業務に入るなかで、みな少しずつ英語ができるようになってます。
ディスレクシアであっても、英語はずっと続けていればちょっとずつのびることを体現しています。



◆tDCS:脳に微弱電流を流しながら訓練をすると、読字能力が上がる?!

立ち見がどんどん集まり、関心の高さが伺えた発表でした。
tDCSは検索すると、「経頭蓋直流電気刺激」と訳せるようです。

「左脳、耳の後ろあたりに単語の視覚認知に関係する部位がある。
ここにApple Watchの10%程度の微弱電流を流し、刺激しながら読み訓練を行うと、読字のスピードが向上するという実験結果が(読字の精度には変化はなかった)。
ニューロン活動を引き起こすには微弱すぎるはずだが、neurons that fire together wire together(同時に発火するニューロンは連結している)なので、何らかの因果関係があるのかもしれない。
何語に効くか、適した年齢、左脳に陰極をあてているので陽極をどこにあてるか(脳の別部位、肩etc)、どんな訓練とセットにするかなどを現在実験中。」


◆IDAで見られないもの

1) UDフォント
日本ではUDフォントの普及が進んでいますが、IDAではUDフォントという概念がないようです。「字と字のスペースをあければ同じ効果が得られる」という指摘も・・・視覚処理の困難には、あまり関心がないようです。
パワポでも印刷物でも、けっこう見にくいオサレなフォントを使うケースがあったり。
UDフォントがみられないのは残念です。

2) ASDへの言及
IDAでは「ディスレクシアの数割はADHDを併発する」は時折言及されるのですが、ASDの話題はまったく出ません。
ともすればLD学会などが、行動面の問題に乗っ取られがちなのとは対照的です。
(#さらに言うと、「発達障害」(developmental disorder)という言葉はまったく聞きません。)

ランドマーク(ボストン近郊にある、アメリカの有名ディスレクシア専用学校)のパンフレットは、「当校に合わない人」としてASDを挙げています。
ここから考えるに、「ディスレクシア」を名乗る団体は、ASD(由来の読み書き困難)を意識的に排除しているのかもしれません。

アメリカではコミュ障は生きにくく,別に考える必要があるのだろうと,今回感じました。
とにかく,どんどん自分から声を上げて,会話を仕掛けていくことが要求される社会のようです。楽しいけど1日終わると疲れます。。


3) 東洋人
何度も書いていますが,IDAには東洋人がいません。
これについては,その1にも書きましたが,ずっと考えてます。
まとまらないので,まずはここまでをアップします。

2019-11-10

IDA@ポートランド、その2(音韻認識の熱狂はひと段落、IDAのディスレクシアの定義は要改定、ディスレクシアが英語を学ぶこと2)

IDAの3日目が終わりました!


はじめに、ポートランドは安全そうな感じで書いたことを、訂正しておきます(- -;)
生徒に頼まれたおみやげを買いにホテル向かいの地元の食料雑貨店に入ったら、脱法ドラッグ(?!)を売っているし、暗くなれば物乞いはいますし、路上に布団敷いて寝ているホームレスもいます。いたたまれなくなるような貧困がこの町にもあります・・・

でも、すてきなエコシティ☆の側面もあります。
会議場との往復は、2駅ですが路面電車を使ってます。中央線並みの本数があります。



この路面電車には自転車でも乗れて、車内には自転車を立てかけるラックがあります。

また、スケートボードで公道を走ることが、認められているそうです。
男子高校生くらいの集団が、電動スケボー?のような不思議な乗り物で追い抜いていきました(@@)


IDAに、2日間参加した感想です。

「音韻認識の熱狂」はひと段落
一昨年は、「レターボックス」の講演がとにかく衝撃的で→
昨年は、音韻認識をどう教えるかの発表がたくさんありました。
今年はこれら2つの話題は、参加者の間では完全消化されているようで、
新たな発見や教授法をめぐる熱狂は、ひと段落した感があります。

「レターボックス」はVWFA(Visual Word Form Area)として
いろんな人のスライドに既知のものとして登場してましたし、
音韻認識も場内は「教えてますっ!」という雰囲気でした。

 #音韻認識とは:
 ・phonological awareness, phonemic awarenessの訳。
 人によって2つの用語の定義は、微妙に違うらしい。
 「自分はphonemic(phonological awareness)と呼びたい」と断る人も。

 ・とはいえ、大まかな定義は、
 英語の音ストリームを聞いて、英語の音素に分解する能力のこと。

 (1つの単語を聞いて
 「3つのオトから出来てます」
 「最初の音は/d/、2番目の音は/o/、3番目の音は/g/」と指摘できる。
 さらには、最初と最後の音を交換したら何という語になるか言えたり、
 最後の音を/t/に変えたら何という語になるかが言える。
 このとき、字を介在させないのがポイント。

 ・ディスレクシアだと文字を教える前から、音韻認識の弱さがみられる
 (※これについては、日本語では注意が必要と言っておきます)

 ・音韻認識力は、その後の読字能力を予見するとされる

 ・ディスレクシア的には、音韻認識はスクリーニングにも使えるし、
  明示的に教えることも可能。というか長期的な訓練が必要

もじこ塾にとって、音韻認識をどう教えるかはこの1年、大きなテーマでした。
1年かけてさまざまな生徒の反応を見ながら、持ち帰った教材にかなり改変を加え、日本の中高生向けにアレンジしてきました。

今回、IDAでの発表や物販を見て、どうやらこの1年、もじこ塾で進めてきたことは、間違っていないらしいと分かりました。
それに、音韻認識を訓練すると脳のリソースに余裕ができることも、身をもって実感しました。

これから、この方法を頑張って公開してまいります!


「ディスレクシアなら、外国語として英語を学ぶほうが、ネイティブのディスレクシアより読字能力は高くなる」!

1日目に暗い内容を書きましたが、それを覆すような発表を聞きました!

「バイリンガルであることは、ディスレクシアにとって良い面がある」
(Bilingualism can be good for dyslexics)
「ディスレクシアであることは、英語を学ぶにあたりアドバンテージかもしれない」

一見驚きですが、聞いてみると納得の内容でした。

カナダ・トロントでの大規模な長期調査。
控えるのを忘れましたが、何千人という児童が対象だったと思います。

移民とそうでない幼稚園児に、簡単なスクリーニングを行い、ディスレクシアと定型児に分けた。
(幼稚園の先生ができるようなスクリーニングを開発したそうです。)

この子供たちに、1年生の時から教室で(取り出さずに)介入を行い、7年生で再び調査を行った。

すると、ディスレクシアについては、移民の子のほうが、英語ネイティブの子と比べ、特にディスレクシア特有の困難にまつわる項目の成績で上回った(!!)。
語の特定、文法はもとより、音素/音節削除とスペリングに至っては移民の子のほうがはるかに高かった。
(ちなみに、定型の場合、移民と母語話者では差がなかったそう)

これをそのまま、"日本のディスレクシアのほうが、カナダやアメリカのディスレクシアよりもスペリングの成績が良い"とまでは翻訳できませんが、でも、とても興味深い結果です。

理由としては、
・英語よりも複雑な言語を第一言語としているから。
例えば中国系移民の子は、漢字も学んでいる。漢字はアルファベットよりもはるかに視覚的に複雑。漢字を知っていれば、視覚的記憶が刺激されているはず。
(今回、いくつかの発表で、漢字への言及がありました)

・文法や音韻体系が異なる言語にさらされることで、言葉というものへの意識が高まっていると考えられる

注意点
・第一言語もしっかり学ぶことが前提。
親が話しかけるだけでは不十分で、教育を受ける必要がある。
(ただし、姉による年下のきょうだいへの学校ごっこが効果的だったケースも)

・ディスレクシアを念頭においた学校での指導は、質の高いものである必要がある。

日本のディスレクシアも、正しい方法でやれば英語を諦める必要はない。
頑張ろう!と思える調査結果です。

#今年の新たな傾向として、
「ディスレクシアが英語を外国語として学んだら」
への言及が、増えている気がします。
うお。IDAのほうから、もじこ塾に歩み寄ってくれるとは想定外(゚Д゚)


「IDAのディスレクシアの定義は改定が必要」
「ディスレクシアの定義に関するコンセンサス」
というタイトルの発表に、途中から行きました。

最初に、現行の文言の起草者が登壇したそうです。
そこを聞き逃したのは痛恨の極み・・・でも十分に面白い内容でした。

・言語の正書法(orthography)の認知的要求により、学習者の困難は変わる。
IDAの定義は英語に偏っているので、他の書記体系のディスレクシアの特徴も徐々に含めていくべき。

・ディスレクシアの困難は、音韻認識の不足(phonological deficit)とは限らない。
ディスレクシアの原因を1つに帰着させようとするのは誤り。
単語を読むことの困難にリンクするプロフィールはさまざまであり、語レベルの読み問題の識別に音韻認識の不足を必須としてはならない。

ほほ~!
1日目に会場が唱和できた「ディスレクシアは視覚処理の困難ではない」
を、起草者グループが否定しているとは!

昨年の宇野先生の苦言→に、IDAがようやく追いついたとも言えます。

日本のディスレクシアの相当数は、漢字で大変な思いをしています。
こういう人たちは、視覚処理が関係しているディスレクシアだと言えます。
この人たちの存在が、否定されなくてよかったです。

参考:IDAによるディスレクシアの定義の和訳。
発達性ディスレクシア研究会サイトから転載→
「Dyslexiaは、神経生物学的原因に起因する特異的学習障害である。その特徴は、正確かつ(または)流暢な単語認識の困難さであり、綴りや文字記号音声化の拙劣さである。こうした困難さは、典型的には、言語の音韻的要素の障害によるものであり、しばしば他の認知能力からは予測できないものであり、また、通常の授業も効果的ではない。二次的には、結果的に読解や読む機会が少なくなるという問題が生じ、それは語彙の発達や背景となる知識の増大を妨げるものとなり得る(2003)。



おまけ
なぜIDAにはアジア系の人がいないのか??
IDAでは、アジア系の人がとにかくいません。
今年も、部屋にいる黄色人種は自分だけ、ということがたくさんありました。
空港でも町でもそこまでではないので、個人的には異様な感じがします。

まだ答えは出ていないのですが、もしかしたらこれは論文が書けるくらい根深い、人種観にまつわる問題なのかもしれません。

黒人と白人の人種格差の話は、IDAではよく出ます。
参加者が感極まる話題です。

今回も開会の全体セッションで、登壇者が
「黒人でディスレクシアだと特定される生徒は白人よりもはるかに少ない。
ディスレクシア用訓練をアウトソーシングするのは高額で、黒人やヒスパニックには手が届かない」と訴えてましたし、
「ディスレクシアかどうかの判断を、肌の色が邪魔してはならない」
と涙ながらに訴えていた発表者もいました。

が・・・アジア系は話題にも出ないのです。

白人と同じ扱いなのでしょうか?
(優秀なアジア人は、個人ベースで、名誉白人的な扱いを受けているかもしれません)

アジア系の教師は少ないのでしょうか?
(いや、そんなはずはない気がします。)

あるいは、アジア系はディスレクシア教育界には入ってこないのでしょうか?

もしそうなら、ディスレクシア教育業界に関わることは、どんな社会的意味があるのでしょうか・・・日本でそうするのとは、まったく意味が違うのかもしれません。

今回、ずっと考えていることのひとつです。

2019-11-09

今年もIDAにやってきました!(その1:自己紹介の威力、「ストラクチャード・リテラシー」とフォニックス、ディスレクシアが英語を外国語として学ぶこと)

今年もIDAにやってきました!
今年は西海岸オレゴン州、ポートランドで行われています。
乗継便の国内線が遅れに遅れ、新宿の教室から26時間かけてようやく到着・・・


ポートランドは路面電車の町。夜11時でも、空港からホテルまで路面電車で行けました。
道も芝もだだっ広く、空は高く、わたしの妄想通りのアメリカの都市って感じで、時間があったら散策のひとつもしたいのですが、朝7時半には会場入りしないといけません。
アメリカ人は朝が早いですね?!



自己紹介の威力
こんな話からすみません・・・もじこは明らかに英会話力が上がりましたv。

IDAでは、列に並ぶときに、前後の人と会話が始まるのが普通です。

登録の列で、コーヒースタンドのレジ待ちで、
"Where are you from?"
"Where do you teach?"
から始まり、自分の番が回ってくるまで意見交換し、
"Great talking to you. Have a nice day!" と別れます。

過去2回はその輪に入れず、自分の前後で会話が始まるのを指をくわえて見ているだけだったのですが、今年は自分から仕掛けてますv。
「Where do you come from? I come from Tokyo, Japan. I teach English.
I have a small private classroom. My students are all dyslexics ...」

なぜこれができるかというと、もじこ塾ではしょっちゅう自己紹介をしているからです!覚えるくらい自己紹介を繰り返していると、こういう状況でも言葉が出てくるらしいです。

フォニックスや音韻認識の練習を徹底的にやっていることの効果も感じています。
単語の発音に自信が持てるので、脳のリソースをその分、内容にあてられます。

同業者である参加者と会話することも、IDAに来る大きな意義のひとつだと、3回目にして知ってしまいました。しかもこれは相当楽しいです( ̄ー ̄)

~~

「アメリカでは、ディスレクシアはよく知られているんですか?」
と話を振ると、今日聞いた限りでは全員が
「まだまだ全然。学校のなかでもホールワード派(=アンチ・フォニックス派)のなか一人で戦ってるのよ」
「そもそも、ここポートランドだってホールワード派が主流」とのこと。

IDAに来ているのは特に熱心な先生たちで、彼女たち(ここは女性比率99%の集団です)もそれぞれの場所に帰ると、孤軍奮闘しているらしいです。
このあたりは、LD学会と大差ないようです。


「ストラクチャード・リテラシー」とは
とはいえ、IDAのなかでは、フォニックス(英語の音と文字の対応)を明示的・網羅的・段階的に教えることは、当然とされています。
去年は「音韻認識をどう教えるか」が流行語でしたが、今年はどうやらそれもすでに当然となっていて、「統語(受験英語でいう構文)、読解、ライティング(内容のある文章を書く)」もあわせて教えるべきで、そこをどのように教えるかが今年は議論されています。
フォニックス、音韻認識、統語、読解、ライティングをあわせて、
Structured Literacy(ストラクチャード・リテラシー[体系的な読み書き教育])と呼ぶことにしたようです。

ストラクチャード・リテラシーのうち、統語と読解については、日本の英語教育はすでに答えを持っていると思います。
特に構文の教え方は、伊藤和夫(駿台の往年の名講師)が、ある意味ネイティブ用よりも体系的に完成させています。

IDAで、文法やパラグラフ構造の教え方の話を聞くと、
日本の英語教育は、日本語ネイティブのためにはかなりいい線行っていると、改めて感じます。

大きな課題は英語教育の最初の部分、つまり
・英語の音素と文字の対応(フォニックス)、
・英語の音ストリームを聞いて、英語の音素に分解する能力(音韻認識)
に集約されそうです。

来年度から小学校英語が必修化されます。
この2つを教えることが本当に大事なんだと伝えたい・・・


フォニックスは、教師の数だけ教え方がある
フォニックスについては、それが「英語のオトと文字の対応を教えること」より先については、それこそ教師の数だけ教え方があると言っても過言ではないようです。
どこまでをフォニックスルールとして教えるか、接頭辞(re-など)や接尾辞(-tionなど)もフォニックスの続きとして教えるか、さらには、シンセティックとアナリティックのどちらがよいかは、教師によって、あるいは対象とする生徒によって違うようです。

今日の発表を聞いて、「一つひとつの字をなんと読むか」の次の段階については、日本発のアナリティック・フォニックスも、IDAの発表内容にひけをとらないと感じました。


会場の人たちが唱和できるフレーズ2つ
会場の人たちが唱和できるほど浸透しているらしいフレーズが、2つありました。

・The Simple View of Reading is word recognition and language comprehension
(「読む」のシンプルな説明とは「単語を正しく認識できること」と「言語を理解していること」)
うんとざっくり言うと「読む=読字+読解」とでも言い換えられます。
よくわかります。
もじこ塾には「読字ができれば読解はたやすい」と感じさせる生徒が多いです。

一方で、「字」ではなく「語」を認識すること(word recognition)と言っているのには、注意が必要かなと感じます。
この2つは漢字では重なってますが、英語では別物です。

もじこ塾的には、単語の中がもやもやする、単語の意味をなかなか覚えられない、似た単語をとりちがえる、など、「語」は確かに鬼門です。
ディスレクシアにとって「単語」という単位こそが本当に難しいということは、教えるにあたり意識する必要があります。


・Dyslexia is not a visual processing problem.
(ディスレクシアは視覚処理の問題ではない)
これを会場全体が声を合わせて言えたのにはびっくり。ちょっと、いや、かな~り承服しかねるのですが・・・英語のディスレクシアはそれだけ、音韻の困難が大きいことの表れなのでしょうが、それにしても。
ここにはとても書けませんが、日本のディスレクシア業界がここ数年、視覚的困難に対応してきた成果が、一刀両断されていました。

そんなこともあって、列の前後の人との会話タイムでは、草の根で訴えてしまいました。
「日本では視覚的な困難に関係するとみられるディスレクシアも確実に存在し、英語を学ぶようになって初めて音韻に関係するディスレクシアが表れるんですよ」と。。


ディスレクシアが、英語を外国語として学ぶこと
この話は、IDAでは初めて出た気がします。

「ディスレクシアはギフト(才能)だと言われるが、この国で英語が外国語なら、ディスレクシアはギフトとは言えない
読むことに価値を置くかどうかは文化的な問題。そしてこの国は読むことに価値を置く文化である。機会を得るためには読めないといけない。
大学に入っても読むことに苦しんでいたら、ディスレクシアはギフトというより天井になる」

「ディスレクシアはアッパーミドル白人だけの問題ではない」つまり移民や貧困層の問題でもある、という文脈の話ですし、あくまでも「(アメリカで)ディスレクシアが、英語を外国語として学ぶこと」ではあるのですが、残してきた生徒を思い、心が痛くなる発言でした・・・もじこ塾には、身を削るようにして英語と格闘する生徒がいます。

それでも、アメリカに行ってみたいなら行ってみるべき、ディスレクシアであることはそれを止める理由には少しもならない、と生徒たちには言いたいです。
来てみるとわかりますが、ここは見た目から何から本当に多彩な人たちの集まりです。同調圧力とはベクトルの方向性が真逆で、「自分はこういう人です」という精神的自立が常に要求されます。

と同時に、これは会話を仕掛けられるようになってようやく分かったことですが、
自立した人たち同士が助けを求めること、助けを求められることを、美徳とする文化がアメリカにはあります。
自分をしっかり持った人が、「自分は外国人でディスレクシアなので手伝ってほしい」と頼んできたら、その人を助けるのが正しいことである。
そんな価値観が、アメリカにはあると感じます。

では2日目に行ってきます!