on dyslexia

ディスレクシアとは:

- 知能は普通だが、読み書きが苦手(読み間違いが多い、読むのが遅い、書き間違いが多い)。
-勉強しているにもかかわらず、読み書きがなかなかできない状態を指す。知的障害ではなく、普通~ギフテッドのあらゆるIQにみられる。
-独創的で、対人能力が高い。
全体像の把握、物事の関係性・ストーリーの把握、空間把握、ifを考えるシミュレーション能力に長ける。
- 音と文字の脳内での結びつきが弱いことから起こるらしい
- 読み書きの困難は、日本語より英語に出やすい。その理由は、英語のほうが日本語よりも"音の粒"が小さいから
- 細かい聞き間違いがみられるが、音声情報の処理能力は高い場合が多い
- エピソード記憶が得意。固有名詞などの細かい丸暗記は苦手
- 適切に対処すれば、読みの問題は表面上は克服される
- 10人に1人程度いるというのが通説
- 家族性であり、遺伝による。ただしディスレクシアの表れ方は個人差が大きい

当ブログは、ディスレクシアはこれからの社会に不可欠な才能である、でも日々の学習では普通と違うアプローチが必要--という立場です。

2017年、当ブログで分かったことをもとに、東京・新宿にディスレクシア英語塾「もじこ塾」を開設。以来、このブログももじこ塾の話題が中心になっています。

2018-05-18

合格体験記(3)「ディスレクシアの勉強法に"共通解"は存在しない」

合格体験記の3人目は、合理的配慮を受けて受験し,某国立大学に合格した生徒です。
センター、2次試験、私大で配慮を受けています。

この生徒からは、当ブログのコメント欄への書き込みを通じて、初めて連絡を受けました→
浪人が決まった3月末から授業を開始しました。

彼は優雅でストイックな修行僧。ゆったり、ふんわりと構えているのですが、芯がめちゃくちゃ強い。内に秘めたストイックさたるや,普通では考えられないレベルです。
「他人がどう思うか」とか「世間的評価」などというものを、完全に超越しています。
行動基準の軸が明確にあって,その一つは「美しいかどうか」 に見えます。自覚がないと言っていますが…

また、「自分には自由が必要」「こうしろと決めつけられると逆の方向に行ってしまう」と語る通り,ものすごく精神的に自立してます。
私と彼が話しているところを見た別の生徒が「先生のほうが生徒で,生徒が先生みたい」と言っていました。そうかもしれません。

ディスレクシアとしては、正確だが想起が遅いタイプです。
授業中も、こちらが言ったことを自分の中に落とし込むのに、2~3秒の間が必要でした。

理系科目は得意で、現役時点でまずまず戦える実力を持っていました。「物理では、動きを想像すればどうなるか、だいたい予想がついた。それにあわせて式を書いていった」
ディスレクシア的な得意さとしては,こうしたシミュレーション能力、空間把握能力、そして戦略的思考がずば抜けています。

自由な校風の一貫校卒。ディスレクシアに気付いたのが現役のセンター試験受験直後のため,高校では一切配慮は受けていません。

いま改めて読むと,最初のコメント→と私の返事は暗示的です。
彼は本当に波乱が多いといいますか…同じ出来事でも彼にかかると,なぜかドラマチックになります。
まるで彼の周囲の磁場がゆがんでいて,半径1m以内に入ると物事が劇的化するような(笑)
#あるいは、「不注意傾向」を美しく言い換えると、こうなるのかも?

ここには書けないような劇的な半生、そして劇的な逆転合格でした。その精神力の強さには感服するしかありません。

それではどうぞ:


☆   ☆   ☆


ディスレクシアなどの発達障害を抱えている私にとって、大学受験には困難が沢山ありました。
そのような困難の種類や程度は本当に人それぞれで、発達障害を抱えている方の中にはむしろ、大学受験などでは筆記試験が向いている方もいるかと思います。

ディスレクシアにはこの勉強法が適している、英語長文はこう読むといい、というようなディスレクシアの方々における共通解というものはほとんど存在しないと考えています。
難しいことではあると思いますが、最も重要であることは自分の特性を理解し、その特性に合った勉強法や受験方式を探ることだと思います。
この作業は経験則と推論から行うものであり、特に経験則については検証実験を繰り返すことによって確立していくので、大変時間がかかります。

ここからはそんな多種多様な特性のうち、たったひとつの事例として私の経験談を受け止めていただければと思います。

(※ この合格体験記を依頼したとき「自分の事例は自分にしか当てはまらないから」と断るのを,「それでかまわない。「『ディスレクシアに適した一つの学習法はない』というのがこの一年で分かったことだった,というのも十分に発見なんだから」と説得して,この文章を書いてもらっています。)

◆勉強法について
  まず勉強法についてですが、私の場合、自分の特性に合っていると思われる今の勉強法にたどり着けたのは勉強法を探り出してから1年程経過してからでした。
そもそも自分に特性があるとはっきり理解していなかったために私は世間で広く言われる勉強法の中にこそ自分に合った勉強法がある確率が高いと考え、板書型の授業を集中してもれなく書き写すことや、わかりやすいと評判の大手予備校人気講師の授業を受けるなどをしてきました。
当時の私の感覚を正直に表現するならば、板書を一生懸命写す授業に関しては写すことと理解することを同時に行うことが難しいからとりあえず写しておいて後で理解しよう、人気講師の授業についてはなぜ人気なのかよくわからないといったところでした。

このような疑問を抱えながらも、世間で言われる有効な学習法が自分だけ当てはまらないなんてことはないだろうという思い込みのために、私は1年間この方法を採用し続けました。

この勉強法が自分には向いていないと気づく転機となったのは、教科書で独学した部分の内容だけ圧倒的に理解そして応用が可能であったことからです。
そして他の科目も教科書を読んでみたところ、これは授業の100倍わかりやすい!と感銘を受けたのです。
(※このあたりのことは,現役時のコメントに詳しいです→ 
彼は「歌詞が聞き取れない。人間という楽器が鳴っているように聞こえる」と言っていたことがあり、おそらく音韻認識が遅い(音声言語を聞いて、何と言っているか理解するのに少し時間がかかる)と思われます。だから講義形式の授業についていけなかったのでしょう。「1.5時間分の板書をとったら、それを解読して理解するのに同じだけ時間がかかる」とも言っていました。 
自分のスタイルや好みが非常に明確な彼も、なぜか勉強法に関しては、当初は「他人が良いと言う方法」に従っていました。彼の浪人生活は,そこから「自分の直観に従った学習法」へとどんどん移行していく一年でした。その皮切りに,彼は業界慣行的には考えられない道を選びます・・・)
直後に始まった浪人生活では、この方法を実行するために宅浪(有料自習室通い)を選択しました。(英語についてはもじこ塾で個別指導を受けはじめました)

宅浪の最大の利点は、全て自分のペースで進められることでした。私にとってはまさにこれが重要であり、この自分のペースというものが世間一般とはどのくらい違うのかわかりやすい例を示しますと、浪人1年間で使用した参考書は各科目それぞれ基本的内容の12冊ぐらいであったことが言えると思います。
読むのや理解するのはとても遅いのですが、読んだ内容は比較的深く理解することと応用することができたので、一冊をじっくり読み込むことに重点を置きました。
(※「自習室でじ~っくり参考書を読む」という学習スタイルは本当に驚きでしたが,『参考書を読んだほうが圧倒的にわかりやすい』と言われれば納得でした。そして確かにその方法で理系科目の成績は上がり,最終的にはオープン模試でA判定を出しました。英語と国語は最後まで苦手でした。) 
(※彼の学習スタイルは,「ディスレクシアでも,読むことが一番理解しやすいケースもある」ことを示しています。) 
(※彼はずっと「暗記ができない」と訴えていました。単語の意味を教えてあげると、メモしながら「でも明日には忘れちゃうんですよね」。合格後に聞いた話では、物理や化学は「読んだ端から忘れていく。参考書を三周してようやく人の半分覚えられるんですよ」でも、人の何倍もかかるというなら、覚悟を決めてやるしかないということを、私は彼から学びました。人の10倍かかるというなら,10倍やるしかない何もしなければゼロなのだから・・・
と合格後に話したところ、「でもその部分はくやしいのであまり表に出したくない」と言っていました(苦笑)。ディスレクシアだとルールのキワキワの所を狙っていく面があるので、泥臭い部分は前面に出したくないようです。)

また集団授業は提示された目の前の課題に対しての解説をすることが基本ですが、私はもそもその問題がその科目の中でどういう立ち位置の問題なのか、どのような意味を持った問題なのか、そこを把握しないと先に進めず解き方の解説などは頭に入って来ませんでした。(どういう立ち位置の問題なのかというのは、その問題が他の似た問題とどういう関係にあるのかといったことです)
(※ピノコが同じことを言ってます!全体像を把握することが必要なんですね。) 
しかし独学だとこの点参考書のページを前に戻って前問を確認するなどして今解こうとしている問題の立ち位置や意義を理解することができますし、そもそも板書が全て綺麗に取ってあるものが参考書ですから板書をノートに書き写すだけの時間を省くことができました。


このような勉強法探しがむやみやたらに勉強することよりもずっと大切なことだと伝えるために、あるひとつの目安として私の模試の結果をお伝えしたいと思います。
そもそも進学校に通っていたわけではないこともありますが、私の高校3年時の大手予備校の平均的なレベルの模試の英語の偏差値は29でした。
ただ予備校に通っていただけではできなかったであろう合格は、自分に合った勉強法を見つけられた結果だと思っています。
(予備校に通うことが悪いというわけではありません。もちろん、予備校のわかりやすい授業を取ることが合っている人もいると思います、ただ僕の場合は違ったということです)
(※合格後にこの数字を見せられて,愕然としました。そこまで変わるとは。彼の場合,勉強したいという思いがものすごく強い(研究者志望),かつ,ミスマッチの勉強方法を続けて来た,という部分が大きいと思います。そう簡単にまねできるものではありません。
とはいえ・・・もじこ塾に来る生徒のなかには,本当に自分を追い込んで努力する一派がいます。そういう人たちには,上の話は「努力は正しい方向性で行うことが大切」というメッセージになっていると思います。)

◆受験方式について(マーク式か,記述式か)
  次に受験方式について、これもまた世間一般の感覚が自分には当てはまらなかったというのが受験後に気がついた点です。

模試にはマーク模試(センター試験型)と記述模試がありますが、私はマーク模試が苦手で記述模試の方が比較的得意でした。

予備校としては同じ学力の人間が同じ科目で受ければどちらも同じような判定結果になると想定しているためか、マーク形式の試験の判定を記述模試で出したりしています。
(※マーク模試でも国立大の判定を出すし、記述模試でも私大の判定を出す、ということです)

しかし私のようなマークか記述かで得意不得意がはっきりと分かれている人間にとってそれは成立せず、結果的に言えば記述模試でA判定であろうとマーク形式の私立大学は全て不合格となりました。

逆に第一志望の国立大学はセンターボーダーラインのー11%で出願し、もちろんセンターリサーチはE判定でしたが2次試験が記述式であったために逆転合格することができました。(入学後、自分よりセンターの低い人には未だ出会っていません、、)

このように特性のある自分にとっては予備校が発表する入試偏差値というものよりも、むしろ入試形式の方が結果を左右することとなりました。
つまり志望校を選択する時点で自分の特性に合った入試形式を考慮する必要があったのです。
(※私大全落ちで国立に臨むことになったときは、なんと声をかけようかと。。本当に崖っぷちからの逆転合格でした。ただし、ディスレクシアにおいては、進学先以外は全落ちというケースは決して珍しくありません。) 
(記述型とマーク式でこんなにも点数に差が出る理由としては:選択式問題は各選択肢の差が微妙すぎて,ざっくり読んでいるディスレクシアには違いが分からない,誘導に乗るタイプの問題で誘導に乗れない,1つの単語を聞くような問題は苦手,問題用紙の字が小さくつまっていて読みにくい…などの理由が考えられます。) 

◆もじこ塾について
最後にもじこ塾の活用方法についてです。
私がもじこ塾に通っていた意義としては正直英語学習という側面は半分程度であり、残りの半分は自分の特性理解やそれに対応した長文の読み方やセンター試験形式の解き方を探ることでした。
しかし既に述べたようにこの後者の役割はとても大きく、特性を理解した上で解決策を提案してもらうことは、自分に合った解き方を見つけるキッカケとなりました
もちろん特性は多種多様で一発で解決策が分かるわけではないですが、自分に合った勉強法を探すのに1年間予備校の集団授業を受けてみたというような時間的ロスを省くことが出来たということです。
また、段落の頭で"活用方法"と書いたのには意味があり、常に自分が主体的で先生とはコンサルティング契約を結んで情報提供を受けているという意識でいることが重要であると思っているからです。
何故その意識が重要だと思っているかは説明できません。ただ直感的にその方が有効であると思うのです。


(※ちょっと待った、これじゃ私が英語を大して教えてないみたいじゃない(笑)こちらとしては、彼に限っては、絶対よそではできないことをしている自負があったので、以下書いておきます。 
彼とは"感想戦"を徹底的に行いました。まず時間をはかって(20分~45分),1本長文問題を目の前で解いてもらいます。黙読する様子をつぶさに観察し,何を考えているのか想像します。 
その後,解答の添削をしながら討論。どのセンテンスを読むことにしたか,それはなぜか,どんな内容を読み取れたか,次に生かせる教訓は何か・・・ということを議論します。ここでのポイントは困難を言語化すること。彼が思考のプロセスを訴え、私が対処方法を提案し,それを採用するかどうかは彼が決める、というスタイルが多かったと思います。特性の話、志望校決め、求められれば何でも徹底討論しました。・・・あっ、これがコンサルティングですね?!)
(※もう一つ、もじこ塾では合理的配慮申請のお手伝いを行いました。彼がすごいのは、区の支援センターに問い合わせ、病院に行き、診断書を依頼し、大学入試センターに連絡し、いくつかの大学に問い合わせ、必要な書類を作成し・・・という膨大な作業を、すべて自分でこなしたこと。こんなところにも、彼の並々ならぬ意志力が現れています。 
夏に診断書が出て,秋には大学入試センターから配慮申請が通ったとの連絡が来て・・・二次試験で時間延長を受けられる確約はなかったものの,前進があるたびに,時間延長の合理的配慮をイメージした対策を深めていきました(最終的にこの確約が来たのは二次出願の直前でした)。夏から秋にかけては模試でもまだ結果が伴っておらず、微熱が続き体調もいまいちで、精神的に苦しい時期でした。それでも彼は一切ぶれることがありませんでした。) 
(※合格後、「自分のことは自分が一番よくわかるという自信というかわがままな部分と、これで正しいのかという不安がある」と言っていました。)

☆  ☆  ☆

彼のようにストイックで精神的に自立した生徒から、唯一の塾に選んでもらえたことを、もじこ塾は誇りに思います(泣き笑い)。

彼は、今後のもじこ塾の方向性について、重要な示唆を与えてくれました。
もじこのディスレクシア・ジャーニーの目標は、「社会変革」です。これは最初からずっとそうです。ディスレクシアという人種が存在することを,まずは教育現場の人に,知ってもらいたいと思っています。
でもそのための活動は、あくまでも美しくあるべきだと、私は彼から教えられました。
美しくない社会変革運動は、何より当事者のためにならないのだと。
美しいとはどういうことか・・・これを言語化するのはもう少し時間かかかりそうですが,彼は私の中に直観的な評価軸を残していきました。
きっとこれからのもじこ塾は,この「美しいかどうか」を基準に,進むべき方向性を決めていくことでしょう。

もう一つは、「ディスレクシア英語教育の最適解はない。でも,教える側は手札をたくさん持っている必要があり、知識と観察力と対応力が試される」という、教師力の課題です。

もじこ塾はより一層ディスレクシア塾となり、新しい生徒たちのために、教師力にさらに磨きをかけてまいります。
そして、定型の人が入りたいとうらやむような美しい塾(笑)へと、進化していく所存です。

2018-05-05

授業日誌のブログを始めました。

ひっそりと新たなブログをはじめました。
もじこ塾授業日誌→
なんと!いまのところ毎日更新中!助手と生徒のおかげです^^





2020年,ディスレクシア英語教育界隈は,非常に忙しくなることが目に見えています。

というのも,この年は大学入試も変わりますが,それだけでなく,小3から英語が必修化,小5から教科化されるからです。

英語が教科化された日には,文字指導が当然入ってきます。
そうなれば,クラスの2~3割の子から

「会話は大丈夫だったのに,文字が出て来た瞬間に英語が大嫌いに」
「何十回,何百回と書いてもスペルを覚えられない」
「クラスのみんながどうして読めるのか,理解できない」

という悲鳴が上がり,教室は大混乱に陥ることでしょう。
当ブログでも繰り返し言っている通り,ディスレクシアは日本語よりも英語に,はるかに出やすいのです。

そのときに

「それはディスレクシアなんだよ。
あせらず落ち着いて,英語の最初の一歩はこうするといいんだよ」

という具体的な教え方を示したい,
できれば大学受験までの道筋を示したい・・・
というのが,当ブログの切なる願いです。

そのための具体的な方策を発信していこうというのが,授業日誌ブログの目的です。

どうぞよろしくお願い申し上げます。

~~