この記事は、IDAによるディスレクシアの新定義のシンポジウム内容をまとめたものです。
その1(新定義とその試訳)はこちら→★
新定義が発表される前に、改定のプロセスが説明されました。
起草委員会が、当初予定の60時間の2倍の時間を投じて意見を交換し、その上で数十名のアドバイザーの意見、さらにはパブリックコメント2000件を経て作り上げられた。
定義変更のモチベーションは、英語以外のディスレクシアの研究が蓄積してきたことにある。特に、各言語の粒度と透明性によって、ディスレクシアの出方は異なることが明らかになってきた。
(★日本のディスレクシア研究者なら誰もが知る、ワイデル先生の1999年の仮説のことですね!日本の要素を感じてうれしかったです)
できるだけグローバルな、さまざまな言語でのディスレクシアに目配りした定義を作りたい
(★IDAのジレンマのひとつだと、個人的には思います。IDA自体は世界に開かれているという姿勢ですが、会場では英語以外のディスレクシアへの関心は正直、とても低いです。
それでも、このような姿勢が打ち出されたのは、大変意義深いことです)
定義紹介の前後に、用語解説が行われました。主なものを紹介します。
1. fluency(流暢性)からspeed(速度)へ
fluencyは実践家に混乱を引き起こす。speedとすることでクリアになる。
automaticity(自動化)とfluency(流暢性)は定義に入れるべきとの声が多かったが、正確性とスピードこそが単語レベルの自動化の主たる要素で、それが今度は流暢性を決定づける。
automaticityとfluencyは説明書きに含める予定。
fluencyという用語の意味をめぐる議論は、昨年のIDAでヒートアップしていました。「fluencyとは速度だけなのか?ただ速く読めばいいというものではないだろう」。結果、定義からは外れましたが、自動化やフルエンシーという概念そのものを否定したわけではなく、実際セッション中にたくさん耳にしました。
また今後、定義に説明書きがついたり、経緯の論文化が行われたりするそうです。
ところで、この部分の原文は
accuracy, speed, or bothとなっています。
構文的には、accuracyとspeedの間にもorが入っています。つまりここの訳は
「正確性もしくは速度、または、正確性と速度の両方」
→「正確性か速度の一方または両方」
です。
「正確だが少し遅い」というディスレクシアもいるということです。
透明性の高い言語だとそうなると、このシンポジウムでも言っていました。
(ですよね・・・もじこ塾的にも、読む訓練を積んだ一般入試組は、おおむねこの境地に達します。)
2. phonological and morphological (音韻とモーフォロジー)
Underlying difficulties with phonological and morphological processing are common, but not universal
(根底に音韻処理およびmorphology処理の困難があるのが一般的だが、全員ではない)
ポイントは2つ。
その1 音韻一辺倒主義からの脱却
音韻的困難は多くの言語で見られるが、ディスレクシアの困難を単純化しすぎる懸念がある。
IDAはディスレクシアの原因を音韻の困難だけとする見方から、離れたようです。
自分は『ディスレクシアは音韻処理の欠陥』と教わり、そう識別するモデルを作ってしまった。2002年の旧定義はそこまで断言していなかったのに。しかしそのせいで『この人はディスレクシアではない』とこちらが判断してしまった人もたくさんいた。自分の息子も含め…
という、痛みを伴う告白もありました。
とはいえ、ではディスレクシアの視覚の問題という話になるのかというと、IDA的にはそうはならないわけで・・・代わりに台頭したのが以下のようです。
その2  morphology(モーフォロジー)の台頭
(試訳では「形態」としましたが、以下では英語のままとします)
さまざまな粒度の言語で、ディスレクシアには音韻的側面が関係しているが、粒度が大きくなるほど、morphemeの知識が大きな役割を果たす。
ディスレクシアの読みの問題には、音韻とmorphologyの両方が関与していると、我々は考える。
音韻と並ぶ概念として定義に入ってきた文言。もじこ塾的には今回、ここが一番衝撃でした。
今回のIDAでは、morphologyに関する発表がたくさんありました。
morphologyの教え方、morphologyの脳科学など…
morpheme(モーフィーム、「形態素」)は、接頭辞(rememberのre)や接尾辞(informationのtion)のこと。
なお、IDA界隈では過去形の-ed、複数形の-s、-ingなども形態素に含めるようです。
それらを教えると読みやすくなるのは知っていましたが、話はそこにとどまらず、
morphology的な処理の困難がディスレクシアの原因らしいです。
rememberを例にとると、-erは「~する人」を表す接尾辞(例:singer)ですが、rememberのerはそれではありません。
でもディスレクシアだとここに戸惑いがあって、、ということのようです。
また、日本語のmorphemeが何なのかは、これから明らかにすべきことのようです。
私にとってはこのことが今回の最大の宿題なのですが、ここでは割愛します。
3. continuum(ディスレクシアはスペクトラムである)
These difficulties occur along a continuum of severity(ディスレクシア的困難は、重篤度の連続体に沿って生じる)
ディスレクシア研究の初期には、読み能力の分布は読める人vs.読めない人の二山型とされていたが、今では読み能力は正規分布を示すことが分かっている。
つまり「これより読めなければディスレクシア」「これ以上読めればディスレクシアではない」というラインはない。
「連続体」とはスペクトラムのこと。IDAではdimensionalという言葉を使っていました。このことは何度も強調されていました。
また、上は検査に意味がないということではなく、検査を一律に解釈してはならない、いくつかの検査を組み合わせるべき、また教師の観察力が問われている、という意味と私はとらえました。
4. complex (ディスレクシアの原因は複雑である)
The causes of dyslexia are complex and involve combinations of genetic, neurobiological, and environmental influences that interact throughout development.
(「ディスレクシアの原因は複雑。そこには遺伝的要因+神経生物学的要因+環境要因が組み合わさり、発達全体を通じて互いに影響し合ったものが関わっている」)
また、遺伝の話は特に慎重に、注意事項がたくさんついていました。
・ディスレクシアに遺伝子が一定の役割を果たすのは事実だが、ディスレクシアの原因遺伝子は175もあり、それもディスレクシアに特化したものはない。
・言語発達は誕生さらには胎内から始まっているとの説もあり、遺伝子の発現は、発達期全体を通じた環境との相互作用に影響される。
・遺伝子はディスレクシアを決定づけるのではなく、その可能性を高めるに過ぎない。重度な場合も軽度な場合も、リスクファクターは同じ。
5. Secondary consequences(二次的な影響)
二次的な影響はぜひ定義に含めてほしいという声が多かった。 包括的支援システムの設計のためである。
新定義でも印象的な部分として、
二次的影響が「語彙や背景知識」から「言語、知識、作文、学業全般、メンタル、就労」に広がった点があります。
「IDAの定義の目的は、医学的診断ではなく、学校で支援を受ける参照元となることにある」と明言していました。
そこから考えるに、この部分は当事者やその周りの人に釘を刺している印象があります。
と同時に、読解力不足はディスレクシアの原因ではなく、結果だと言っている気もします。
ここ数年のIDAでは、よく議論になっています。
何を二次的な影響にあげるかは、日本で言う二次障害的なものも候補にあがったそうです。
(不登校ではなく薬物乱用があがっていたのに、お国柄の違いを感じました。)
6. language and literacy support before and during the early years of education is particularly effective.
(教育の初期の数年および就学前における、言語とリテラシーに関するサポートは特に効果的である)
Xで反響を呼んだのがこの部分。ここは長くなりましたので、記事を分けます。
 
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