ディスレクシア専用英語塾「もじこ塾」のブログです。 ●ディスレクシアとは:知能は普通だが、読み書きが苦手(読み間違いが多い、読むのが遅い、書き間違いが多い、読むと疲れやすい)という脳の特性 ●全体像の把握、物事の関係性・ストーリーの把握、空間把握、ifを考えるシミュレーション能力に長ける ●読み書きの困難は、日本語より英語に出やすい ●適切に対処すれば、読みの問題は表面上は克服される ●10人に1人程度いるというのが通説 ●家族性とされるが、ディスレクシアの表れ方は個人差が大きい もじこ塾は、ディスレクシアはこれからの社会に不可欠な才能、でも日々の学習では普通と違うアプローチが必要、という立場です。

2024-11-04

IDAによるディスレクシアの定義の見直しに向けて(IDAに行ってきました:その1)


コロナ後初めて、IDA(国際ディスレクシア協会)の学会に対面参加しました!

新宿から16時間かけて、アメリカはテキサス州、ダラスまで行ってきました。



やっぱり対面の学会だと、得られるものが段違いですね。会場での議論、聴衆の反応、物販、人との出会い、アメリカ人相手に英語を話すこと・・・


この記事では、今回の学会の目玉のひとつ、「IDA版ディスレクシアの定義」のアップデートに関するシンポジウムの内容をまとめました。

タイトル:Dyslexia in the 21st century: Progressing the field through a revised definition

(21世紀のディスレクシア:改定版定義による分野の前進)


この議論の論文バージョンは、こちらをどうぞ↓
https://link.springer.com/journal/11881/volumes-and-issues/74-3


目次

  • ディスレクシアを定義するのは難しい
  • 改定のタイムライン
  • 何のための定義か?
  • 論点
    • neurobiological(神経生物学的)
    • disorderか、disabilityか
    • ディスレクシアとは、何ができないことなのか?
    • fluent(流暢)とは何か
    • できないことの背後にあるもの
    • 二次障害への言及
    • 「読み回路」モデルの提唱
    • ディスレクシアは、IQとは無関係
    •  unexpected(想定外の)
    • 英語中心的な定義からの脱却 
  • おわりに


1 はじめに

1.1 2002年の定義

現行定義を再確認しておきます:
「Dyslexiaは、神経生物学的原因に起因する特異的学習障害である。その特徴は、正確かつ(または)流暢な単語認識の困難さであり、綴りや文字記号音声化の拙劣さである。こうした困難さは、典型的には、言語の音韻的要素の障害によるものであり、しばしば他の認知能力からは予測できないものであり、また、通常の授業も効果的ではない。二次的には、結果的に読解や読む機会が少なくなるという問題が生じ、それは語彙の発達や背景となる知識の増大を妨げるものとなり得る」 
https://square.umin.ac.jp/dyslexia/factsheet.htmlより

原文→


これをアップデートしようという話です。

1.2 前提:ディスレクシアを定義するのは難しい

ディスレクシアの定義はとても難しい。その理由は「こういう人をディスレクシアと言う」という明確なプロフィールがない点にある。

その背景にあるのは
・脳の可塑性(日本風に言うと「脳は代償機能を発達させる」)
・どこからをディスレクシアと言うかが難しい
(読字能力は正規分布を示すなか、カットオフは恣意的である)
・ディスレクシアは原因も現れ方も多彩である(読字回路(reading circuit)モデル)

2 改定のタイムライン

2.1 改定の経緯

現在の定義は2002年に作られた。1994年の定義を改訂したもの。
当時からその定義はworking definition(実用目的の暫定的な定義)という認識であり、研究や実践が十分に進んだら改定されるだろうという前提があった。

当時と比べ、以下のことが明らかになった:
・研究用の定義を学校で使うことの困難
・文字体系の違い(今の定義は英語中心的すぎる)
・弱者集団(黒人、ヒスパニック、英語学習者、社会経済的弱者)への配慮
・ディスレクシアの原因が多様であること
・共起する障害の存在 (ADHD、不安障害)
・読み能力は正規分布し、ディスレクシアは連続体をカットオフしたものである

こうした発見、社会状況の変化、またIDAの定義が想定以上に広まっている状況を踏まえ、定義のアップデートが必要との判断となった。

2.2 改定までの予定

2024~2025年にかけて、定義を変える必要があるかどうかも含め、各関係者や委員会の意見をとりまとめ、
2025年末までに、IDAの最高意思決定機関によって新定義が決まる予定。

なお、ディスレクシアの定義としては他に、2008年にイギリスで作成されたRose Reportなどがある。

DSM-5や、日本の文科省の定義もありますね。
また、このあと知るのですが、アメリカでは多くの州に、学校でのサポートの判断に使うディスレクシアの定義があるようです。

パブリックコメント募集期間もあるそうです!


3 何のための定義か?

定義に目的があるということに、改めて驚かされますが。IDAは、Until Everyone Can Read(すべての人が読めるまで)という目標を掲げており、読めることは基本的人権だと明確に位置付けています。その活動を支えるような定義を作りたい、ということのようです。
・研究、識別、アドボカシーのために、定義をアップデートしたい
・この定義はeligibility(アメリカの公立学校でサポートの資格を得る)のためにも使われる
こうした目的が、新定義の文言選びに影響を与えそうです。詳しくは以下で。。。


4 さまざまな論点

今の定義の文言のうち、シンポジウムで論点にあがったものをまとめました。

4.1 neurobiological(神経生物学的)

neurological(脳科学的)ではなくneurobiological。ディスレクシアは家族性に由来する脳の状態だという意味。
が、ディスレクシアの原因遺伝子はまだ特定されていない。遺伝と言ってもそんなに単純なものではない。環境要因、社会的要因も大きい。

このため、neurobiologicalという語を含めるか、議論すべきである。

のっけから、いろんな意味でびっくりした指摘。
ここで問題になっているのは、脳に由来するかどうかではなく、「家族性」というニュアンスを含めるかということのようです。それが「neuro【bio】logical」、神経学的ではなく神経生物学的、という言葉の意味らしいです。
私はこれまで、この単語に「bio」が入っていることを、きちんと認識していませんでした。お恥ずかしい限りです。

登壇者の多くは「自分の子供(親兄弟)もディスレクシアで~」と語っており、ディスレクシアが家族性であることを実感しているようです。

その反面、「ディスレクシアは遺伝する」と言い切れないくらい、ことは複雑らしいです。環境要因や障害の社会モデル的要因が遺伝に与える影響が強いということのようですが、細かい部分は登壇者のあいだでも意見の相違があるようでした。

「家族性」について……今回のIDA全体を通しても「家族性」という言葉は慎重に、しかしあちこちで使われていました。
「ディスレクシアの予防(!)のために、親から家族歴を聞くべき」という話も聞きました。


4.2 disorderか、disabilityか

ディスレクシアがdisorderか、それてもdisabilityかについても、議論がありました。

自分はディスレクシアではないが、3年生まで読めなかった。disorderだと「お前はポンコツ(you are broken)」と言われている気がするが、そんなことはない、今は読めるし。
disabilityなら、何かに必要な能力が自分にないという意味になる。

Reid Lyon(リード・ライオンとお読みするらしい。現行定義の策定にも関わった、NICHD所属の医師で、IDAのスーパースターの一人)先生の発言。
日本風に言うと「ディスレクシアはあくまで社会モデルとしての障害として扱うべき」という意味になるかと思います。

上は登壇者のみなさんも同意しており、IDA的にはディスレクシアはdisabilityのようです。

と同時に、IDAの定義の大きな目的が公立学校でのサポートを得ることにある以上、ディスレクシアをLearning Disabilityと呼ぶことはあっても、Learning Difference(学び方の違い)と言うことはないことも分かりました。

同じ理由から、ディスレクシアの才能に関する文言がIDAの定義に加わることも、ないと思われます。


4.3 ディスレクシアとは、何ができないことなのか

difficulty in word recognition and spelling(単語を認識すること、英語のスべリングを正しく書くことの困難)がディスレクシアの困難のコンセンサスである。

そのうえで物議を醸していたのは、
reading comprehension(読解力)の欠如をディスレクシアに含めるかどうかです。
この点については、登壇者の間で大きな見解の差がありそうでした。

この流れは、IDAがStructured Literacy(Science of Readingに基づく、科学的な読み教育の全容)を定義し、読み教育全般を見渡す方向に舵を切ったことと関係している気がします。

この動きには、同意しない人も多いようで
「自分は読解力は別の問題だと思っている」
と話す発表者を今回、あちこちで見かけました。

もじこ塾も同じ意見です。
「読字さえできれば読解はたやすい」人を、純粋ディスレクシアと私は呼んでいます。
知識をベースにした的確な洞察力をもつ人たちです。

この人たち以外はディスレクシアではない…とまでは言いませんが、読解力がない人は別の原因があると思っています。
(読書経験の少なさによる二次的問題、ASDやADHDに由来するもの、など)


4.4 fluent(流暢)とは何か

ディスレクシアの定義にある
accurate and/or fluent(正確および/または流暢)
についても、議論がありました。

「流暢とは単なるスピードではない、意味理解せずにスピードだけを追求してもなんの意味もないでしょう」と喝破していたのはメアリアン・ウルフ先生。
「自分で読んでいて意味がわかる程度に速くという意味」だそうです。

・・・と言われると、確かにそうだと思いつつ、検査のなかには読み速度を測り、それを流暢性と呼んでいるものもあるよね?とも思うのでした。
(ちなみにウルフ先生は、RANの開発者だそうです)

どうやら、fluentには、単なる「スピード」だけでない意味が含まれていることは確かなようです。
prosody(抑揚)が正しくついていることなども含まれるらしいです。
fluentとは、「たどたどしくない」ことかもしれません。

また、automaticity(自動化)を獲得し、effortlessに(努力なしで)読むことだとも説明されていました。
となると、「読んでいて疲れない」は、fluentに含まれるのかもしれません。

fluentは川の流れなどを意味するflow(フロー)と同語源の単語です。
ダラスを流れる川の写真を見ながら、アメリカと日本では「川の流れ」と言ったときの含みが違うのかも、、と思ったりもしました。





4.5 できないことの背後にあるもの

これもまた、定義に含めるのがとても難しいことのようです。
この20年のIDAにとって最大の進歩のひとつは、ディスレクシアのphonological deficit、つまり英語の音韻の何らかのレベルでの困難(特に音素レベルの認識、操作、想起の困難)が科学的に解明され、かつ効果的な教え方が確立したことである、と言って良さそうです。
なので、「ディスレクシアの原因はphonological(音韻)である」は、新定義にも入ることはほぼ確実のようです。
ただし、phonologicalの後につく名詞は、defecit(欠陥)、processing(処理)、component(部分)など、いろんな提案がありました。

「音素(phoneme)レベルの困難」とまで言うかどうかは、意見が分かれるようでした。
その一因として「代償機能によって、音素の困難がなかなか現れない人もいる」と聞いたときは、生徒の顔が次々と浮かびました・・・やっぱそうだよね、そこがわかりにくい人っているよねと思いました。


また、もう一つの大きな問題点として、
音素という単位のない言語でもディスレクシアは出現する点があります。
漢字文化圏の言語(中国語、日本語、広東語(香港)が話題に出ていました)のことです。

日本語ディスレクシアにおいて、漢字が覚えられない困難はよくみられます。
これに応えるように「漢字の読み困難の原因には視覚的ワーキングメモリの不足がある。漢字は視覚的負荷が英語よりもはるかに高い」という話は、バイリンガルとディスレクシアの研究発表で聞きました。コロナ前は「ディスレクシアは音韻処理の障害です!」と会場が唱和していたのを思うと、大きな進歩です。

新しい定義には、漢字文化圏のディスレクシアを考慮に入れた文言が入る可能性もあります。
これは、日本のディスレクシア研究の貢献ではないでしょうか?!


4.6 二次障害への言及

驚いたのが、日本のLD界隈で言う「二次障害」への言及です。
今年のIDAでは、ディスレクシアと不安(anxiety)の関連性について、ずいぶんいろんなところで聞きました。
「ディスレクシアの生徒に正しい介入を行うと、不安感が軽減する」
「ディスレクシアの早期発見または予防(なんとIDAでは、ディスレクシアの予防が議論されています)により、ディスレクシアの子の不安も予防できる」。。

「ディスレクシアが放置されると不安につながる」
という文言が入る可能性があります。

「ディスレクシア中学生の最大のテーマは二次障害防止です!!」と入塾時に強調しているもじこ塾ですが、まさかIDAが寄せてくるとは(驚)。
この文言を定義に含めることで二次障害が減るのなら、ぜひとも入れてほしいです。




4.7 「読み回路」モデルの提唱

メアリアン・ウルフ先生が提唱していました。
個人的にも納得行く説明だったので、以下に紹介します。

ディスレクシアは発見されて以来、さまざまな原因仮説が提起されてきた。最近でも、APD、実行機能、レターボックスなどがある。
これらを脳内にプロットしてみると、非常に幅広い部位をカバーする。
これぞreading circuit(読書回路)である。
読むという行為は、音・文字・意味に関わるさまざまな脳の部位が、回路のように美しく*連携することで可能な発明*なのだ。

*beautyという言葉が繰り返し使われていました。
*invention:humans were never made to read(ヒトは生まれつき読めるようには作られていない。読む力は後天的に獲得される能力)は、メアリアン・ウルフ先生の名言のひとつです。これを深化させたのが今回の「読書回路」と言えます)

この回路のどこかに不具合があると、読みに困難が生じる。
つまりディスレクシアの原因も現れ方も、対処法もきわめて多様である。


この整理の仕方は、日々もじこ塾で実感することともしっくり来ます。生徒を見ていて、まったく同じ困難を抱える生徒は二人としていません。兄弟であっても異なります。が「今日の●●くんのあの感じは、○○くんに似てるよね」という話は、助手たちとしょっちゅうします。読み書き困難はある程度は類型化できる気がします(10種類はありそうですが)


4.8 ディスレクシアは、IQとは無関係

・知的障害は定義上除外されるため、ディスレクシアは知的障害以外のあらゆるIQに存在する。
・しかし一方で、ディスレクシアだからと言って、必ず賢いわけではない。普通または普通以下のIQの人もたくさん存在する。
・「特殊な才能に秀でている」も、念頭においていいが、IDAの定義の目的にはそぐわない。

4.9 unexpected(想定外の)

現行の定義にあるunexpected(想定外)という文言。「他の認知能力からは想定外であり、かつ効果的な教室での指導からも想定外」とあります。
この言葉を新定義にも入れるかどうか、登壇者の間では意見が分かれていました。

ひとりの登壇者が「自分はディスレクシアの困難に対してunexpectedlyとは決して言わない※」と言ったのに対し、別の登壇者が「え?自分はずっと使ってきましたが?」と反論する場面もありました。

※に関して・・・
「ディスレクシアは従来、『正確かつ流暢に読む能力のunexpectedな困難』とされるが、そこからは、ディスレクシアは発達の遅延(latency)だという視点が抜け落ちている。これはunexpectedではない」という指摘でした。
思い当たるふしがものすごくありました。もじこ塾にも、中3で日本語のルビが急にいらなくなった生徒や、大学生になってからのほうが英語力がのびている助手がいます。発達が遅れているというよりも発達の順番が違うというか、通常よりも遅れて何かがつながる日がやってくる、というイメージです。

とはいえ、ディスレクシアの症例報告第一号とされる、1930年代のアメリカの医学誌に登場するパーシーくんの描写
「読めないということ以外はまったく問題ない、村で一番利発な少年。教養ある両親が何年もかけて教えたが、読めるようにはどうしてもならなかった」
は、まさにunexpectedのようにも思います。

ひとりのディスレクシアを通時的に見ていたら、unexpectedという形容は出てこない。
反面、共時的にといいますか、特定の時点で同じクラスの子と比べると、その読めなさはunexpectedとも言えます。
端から見てunexpectedに見えるなら、定義には残しておいていい気もします。


4.10 英語中心的な定義からの脱却

「なんと!我々の定義は英語圏でない国でも使われている!我々は英語中心的な定義から脱却せねば!」
と吠えていたウルフ先生。日本のことも心に留めてくれてありがとう
(話しかけた時に、お礼を言いました(^^))

英語以外の言語に関しては
「ディスレクシアは言語によって出現率に差がある」
「透明性の高い言語(スペイン語、イタリア語)より英語のほうが出現率が高い」
くらいの表現で、新しい定義に含まれるかもしれません。

移民(のディスレクシア)の存在も、アメリカでは無視できなくなっているようです。
「英語力が不十分であることに由来する識字困難と、ディスレクシアとは異なる」
あたりも、文言に加わりそうです。



4 おわりに

新しい定義の案は、発表者がそれぞれに示していましたが、ここでは割愛します。

新しいIDA版ディスレクシアの定義は、2025年末までに発表されるとのこと。

これを機に、「ディスレクシアとは何か」を考える議論が、日本でも活発化するといいなと思います!

2024-10-14

ディスレクシア的、計算ミスを減らす工夫(大学入試編)

大学入試レベルの数学を戦った経験のある(or 戦っている)もじこ塾の生徒や助手に対し

「計算ミスを減らす工夫があったら教えて」

という質問をしたことがあります。

そのときに集まったアドバイスを、ここに共有します。

ディスレクシアでも、工夫の方法はいろいろだなとわかります。それではどうぞ:




☆   ☆   ☆   ☆
理系科目は全部頭のなかで動かしてから考える。この座標だったらこのくらいの図形になるから、これくらいの積分微分だよねと。大幅に外れることはない。検算が楽。

小学生のころは
、問題文の数字を四角でくくっていた。見つけやすいように。
解いてからもう一回、更地で別のやり方で解き直す。

一回の工程ごとに行を変えて書く。

書く量を減らしている。一部の積分は頭のなかでやったり。

自分は数字から連想が働きやすい。1024は2の5乗とか、数字を見た瞬間に素因数分解しちゃうとか。
連想を働かせないよう、声に出して読みながら書くようにしている。書いた文字から連想が変なところにいかないように、「3」と言いながら指さし確認。
自分に考えるひまを与えないように、考えずに写して指さし確認。
by 高専3年(数学は非常に得意だが、三角形ABCの「ABC」や化学式を見ていて吐くこともあるほど、英語の文字が苦手)


☆  ☆  ☆  ☆

実際に計算を始める前に解く方針を定めて、こういう結果になって欲しいなって思いながら計算する

一行ごとに計算結果を確認する

複雑な計算は2通りの方法で計算する、例えば12×12を6×24の形でもう一回やっとくとか
by Ronくん(東大文系数学を、足を引っ張らない程度に戦う。字を書くことに抵抗なし)


☆   ☆   ☆   ☆
自分は満点狙いではないので、確実に解けた問題の見直しをする。
同じ解法で、見ないでもう一回解く。一回解いているので、1/3くらいの時間で解ける。どこで間違ったのかがわかりやすい。時間はかかるけど。 

スピードをあげすぎない。頭のなかで暗算する人もいるが、自分は暗算すると間違うので、11×12みたいな簡単なものも、一応全部式を紙に書く。暗算を極力減らすことで間違いは減った。
by 高校2年(その後、指定校推薦をとる。英語が苦手すぎたため、進学校で文系数学の成績をきっちり取る方向に)


☆   ☆   ☆   ☆
書き出すのはけっこう大事。頭のなかでやるとミスが増える

字をきれいに書く。自分の書いた数字が読めないことがないように

変数を変えたときに、変数の範囲を変更したことを忘れると詰む

途中式をちゃんと書く
by PuiPuiモルカー君(後輩の理系受験生、字は超~乱筆)


☆   ☆   ☆   ☆
違和感を覚えたときに戻れるような書き方をする。「これ大小関係逆じゃね?」とか。セーブデータとして有効なように。
ぐっちゃぐちゃにいろんなところに書かない。これをしてた某後輩もいたが。縦横無尽に書いていた。

自分は文字式で書けるところまで書いて、それから数値計算する。 
分数は排除しろ(by駿台の雲先生)。分数を使うと計算ミスをしやすいから。自分もできるだけ整数にしている。
by時雨くん(情報工学専攻、大学4年、字はきれいとは言い難いが書くことに抵抗なし)

☆   ☆   ☆   ☆
イコールの位置をそろえる
文字(xとかyとか)をそろえる

これだけでも、だいぶましになった。 

by GKくん(一橋(社)志望)


※GKくんの字ではありません



2024-09-29

大学生は、どのような英語の合理的配慮を受けているか?

うちの子もディスレクシアです。もちろん推薦入試を考えていますが、大学入学後、英語ができずに留年、中退が不安です。もじこ塾出身の生徒さんは、大学入学後どうされていますか。


というご質問を頂きました→。ありがとうございます。
以下、長くなりましたので、こちらにお答えします:

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1 ツールを使えば乗り切れる。
2 配慮を受けて乗り切る。
3 自分のレベルにあったクラスを履修。
4 英語の単位がとれない可能性を考えて、志望大学を変えた。
5 英語検定のスコアが卒業要件になっていないか、要チェック
おまけ
 就活も大変・・・でもそこは、みんなも同じなので、がんばってほしい
-------------------------------




1 ツールを使えば乗り切れる。

ツールがあるので配慮は不要、と語る一派がいます。
大学ではパソコン使用が当たり前だし、ChatGPTやDeepLを使えば英語の課題は問題なくこなせる、周りも同じようにして課題をこなしている、と言います。
素で(=ツールなしで)英語を読むことを完全放棄して、ツールありきの英語力を追求している学生もいます。

この方法のポイントは、周囲も同じツールを使っているという点だと思います。
ツールを各自が必要に応じて使いこなしています。

この方法をとれるのは、それなりに英語力のある人たちです。
また、モチベーションの強さ、英語を使いこなす自分をイメージできる力が必要です。


2 配慮を受けて乗り切る。

配慮を受けている学生のほうが、おそらく多いです。
英語に関する具体的な配慮内容としては、授業での配付資料を授業前にもらっている、英語の試験をレポートに変えてもらった、提出期限を延長してもらった、英語の単位を他の科目に変えてもらった、などがあります。
英語を回避して大学に入った場合、こうした乗り切り方をすることが多いと思います。


ちなみに、大学入学後の配慮に関しては総じて、この数年でほとんどの大学でかなり制度が整った印象です。
また、大学生の配慮は、本人と支援室がまず話し合い、それから支援室がコーディネートして本人が担当教授に話しに行く・・・という形が多いように思います。
親の出る幕は基本的にはありません。



3 自分のレベルにあったクラスを履修。

「英語は基礎クラスだったので、大丈夫だった」と話す学生もかなりいます。
質問を頂いた元記事→の学生も、その一人です。

多くの大学で、英語はレベル分けがされています。
入学時に行われるクラス分けテストで、無理せず低い点数をとって・・・
(笑、でも、それまでテストというものは常に全力を振り絞って受けることを要求されてきた生徒たちにとって、「下のレベルに入れるよう、気合いを入れずにテストを受けましょう」というアドバイスは、かなり新鮮なようです)、
・・・それで下のクラスに入り、着実に単位を取るというのは、正しい戦略です。


4 英語の単位がとれない可能性を考えて、志望大学を変えた。

一方、英語の読めなさがきわめて重篤な生徒の中には、英語の単位取得に求められるレベルを考慮して、大学選びから考え直した生徒もいます。

ある生徒は、高倍率を突破して某大学の高大接続プログラムに参加し、良い内容のレポートも書き、そのまま総合型選抜で合格できそうでした。
しかし、その大学に在学中のもじこ塾の先輩から「その英語のできなさだと、入学できても卒業できないかも」と指摘され、志望を変えました。
結局この生徒は、まったく違う専攻に(公募推薦で)進みました。

学部によっても、求められる英語力は大幅に異なります。
ものすごく英語が苦手なら、英語力があまり必要とされない学部を選ぶのも一案です。


5 英語検定のスコアが卒業要件になっていないか、要チェック

英語の単位はどうにかなっても、TOEICなどの資格試験で点数を取るのには、ディスレクシアはたいへん苦労します。
入った大学が実は卒業要件にTOEIC 600点などのスコアを課していたため非常に苦労した・・・といった事例が、これまで何件かありました。
読めなさが重度の場合、TOEICスコアなどが卒業要件になっていないかどうかは、入学前に確認したほうがよさそうです。

英語の各種検定試験にも、合理的配慮は存在します(学習相談→の枠で対応できますので、ご希望者はお知らせください)。
それでも、とても大変です。
大学生活のすべてをTOEIC対策に捧げて、うつになりかけながら卒業要件に必要なスコアを超えた学生もいましたし、
鉛筆転がしレベルのTOEICのスコアと、銀河点レベルの専門科目の点数を取って、大学院進学を果たした学生もいます。

なお、ディスレクシアには、TOEICやTOEFLよりも、IELTSが比較的取り組みやすい気がします。


6 就活も大変・・・でもそこは、みんなも同じなので、がんばってほしい

就活も大変です。でも、これはディスレクシアでなくても、大変だと思います。
特性と自分をしっかり見つめて、悩みながらがんばってほしいです。
ちなみに、これまでもじこ塾の卒業生で助手となった人は、基本的には一般の学生と同じように就職や進学をしています。(追記:と書いた後で改めて考えるに、ディスレクシアの就活はなかなか大変そうです。またその後も苦労は続くようです。でもやはり、就職後の生活にまったく苦労のない人なんていないので、「みんなも同じなのでがんばってほしい」という結論は変わらないのですが)

もちろん、上にはおさまりきらないような激しい事例も色々ありますが、まずは、概論としてお読み頂けますと幸いです。

最後に、、ディスレクシアが正しく勉強するための三本柱は訓練・配慮・ツールで、その土台にポジティブ寄りかつ現実的な特性理解があると思います。上のお答えはこのうち、配慮とツールについてお答えしました。配慮だけ、ツールだけ、ではなく、全部を利用する、そして学期ごとに微調整を続けていく、というイメージです。



2024-05-27

オンライン講座『ディスレクシア英語教授法』見逃し配信を無料公開します

 




コロナ期間中に、もじこ塾では『ディスレクシア英語教授法』のオンライン講座を行いました。

内容的には今もまったく古びていないのですが、
当時はオンラインで授業を行うことに慣れておらず、最初の10分間が未収録だったり、途中で回線が切れてその後かなり動揺していたりして、見逃し配信の販売については申し訳ないとずっと思っておりました。

でもその間にも、こちらをご覧になりたいというお問い合わせを時々受けることがありましたので、このたび、この動画を無料で公開することにしました。
必要な方に、ご活用頂けると幸いです。

また、もじこ塾で使っている教材もこの講座にあわせて整理しました。
こちらも近日中に、ダウンロードで販売する予定です。
noteから有料ダウンロードできます→


よろしくお願いします!

~~~~~~~~~~~
(当時のご案内を転載)

もじこ塾でディスレクシアの中学生に実践している、フォニックス指導法を教えます。

英語だけ極端に苦手な生徒は、ディスレクシア(読み書き困難、読字障害)かもしれません。
ディスレクシアの生徒には、学校の方法とはまったく異なる英語学習へのアプローチが不可欠であり、また効果的です。
ディスレクシア専用英語塾「もじこ塾」では10年以上にわたり、実践研究にアメリカのディスレクシア英語指導法を加えながら、日本のディスレクシア中高生に効果的な英語指導法を作り上げてきました。
このオンラインセミナーでは、その方法を凝縮してお伝えします。
教室で使っている自作教材も提供。教室やご家庭でそのまま使えます。

●内容
1日目
1) ディスレクシアにとってフォニックス指導は不可欠
2) フォニックス:「英語の44の音」の教え方
3) フォニックスを使って単語を読む:「ブレンディング」の教え方
4) フォニックスを使って単語を書く:「音韻認識」の教え方




2日目
5) フォニックスを使って長い単語を読む:「音節」の教え方
6) 長い単語を読み、意味を覚えやすく:「語源とスペルの法則」の教え方
7) 単語を文へと発展させる:「文法」の教え方
8) フォニックスを、学校の英語の授業にどうつなげるか



[追記]
以下はリンク先(note)で有料ダウンロードできます。よろしければぜひご活用ください。

講義資料→

フォニックスビンゴ30本→

全教材(講義資料、ビンゴ、書字練習帳、フォニックス表、など)→



2024-03-19

GK君の受験体験記「まずは自分の特性を把握、次に弱点の打開策を探すという普通のことをしてみて下さい」

受験報告会を行います!
https://peatix.com/event/3885797/view


今年話すのはGK君。
彼は私にとってはじめて、中1の4月から浪人までの7年間、見ることのできた生徒です。

私は彼のことをずっと「品格の人」と呼んできました。
でも後輩たちは「腹黒い人w」と言う気がします。
私に言わせれば、腹黒さを喜んでくれる人にはそれを見せ、理解してくれなさそうな人からは引っ込めるという点で、やはり品格の人なのですが!

本人は「自分は嫌われる人にはすごく嫌われる。大人にはすごく評価されることもあるが、品格があるなどと言うのは先生だけ」と言っています。

現役時は配慮なし。浪人時は配慮申請し、別室受験しました。
第一志望の国立、早慶は残念ながら不合格。
共テ利用で合格したマーチの某M大学に進学します。

~~~
●リンク先にある、GK君の紹介文

都内中高一貫校卒。中学入学早々、英語の圧倒的なできなさからディスレクシアを自覚する。
もじこの勧誘を受けて、中1の夏にもじこ塾に入会。
以後、ディスレクシア用の英語指導を受けながらも、学校には一切伝えることなく、部活と勉強の両方をこなす6年間を過ごす。

しかし共通テスト当日の英語リーディングで頭が真っ白になってしまった彼は、検査を受けることを決意。
浪人時は、合理的配慮を受けて受験。
第一志望の国立大学と早慶には残念ながら届かず、共テ利用で合格した大学に進学します。

当日は、配慮入試を決意するまでの経緯や、配慮入試を受けてみた今思うことなどを、語ってもらいます。
ディスレクシアらしい、たいへん深い洞察力、強烈な戦略思考、そして(本人は認めませんが)圧倒的な品格に裏打ちされた彼の考え方を、できるだけ引き出したいと考えています。

彼はもじこ塾にとって、英語の初歩から国立早慶受験レベルまでの成長曲線を見ることのできた、最初の生徒です。
中1の最初に、簡単な単語も読めず書けず覚えられなかった彼が、(これも本人は認めませんが)努力によってここまで来たことは、驚きしかありません。その過程をできるだけ話してもらう予定です。

まずはとりいそぎ、どうぞ↓

~~~

Q:もじこ塾をどうやって知ったか。入塾の決め手は?
A:中一の時にZ会で成田先生に教わっており先生にディスレクシアと言われた
→彼はもじこ塾では大変珍しい、私が勧誘して連れてきた生徒です。


Q:他の塾との兼ね合いは。英語はもじこ塾以外でも勉強しましたか?
A:浪人時に駿台に通ったのとZ会で一年ほど成田先生に教わっていた
→それ以外は、進学校の英語の授業についていっていました
 (本人は「ついていっていなかった」と言いますが)


Q:入塾を考えている人へ、もじこ塾はどんなところと説明しますか?
A:大前提ここに来る時点で英語が得意科目になることはほぼないが他の科目でなんとか補えるレベルにすることは可能、それを承知した上で英語を学びたいなら是非
→GK君はもじこ塾をディスレクシアのコミュニティへと育ててくれた、立役者のひとりです。彼は、合格体験記を書いてくれた人を、ほぼ全員知っています。そして中1から高2までの多くの生徒が彼のことを知っており、リスペクトしています(腹黒い人wと思っているかもしれませんが)。


Q:もじこ塾で勉強したこと、話したことで、特に印象に残っていることは?
A:英文を読んでいるときに読み間違いをその場で訂正してもらえるところ
→GK君との思い出はたくさんありますが。わたし的には、中1の最初の頃の、まだ小さかったGK君・・・bとdが反転しまくり、「美しい」をbutiflと書き、be動詞とdoの違いがなかなか覚えられない様子を見て「一体この子は英語を読めるようになるのだろうか?」と思ったのをよく覚えています。
級友が投げた靴を投げ返したり、大騒ぎしていたと思ったら次の瞬間には最前列で寝落ちしてたり。なかなかやんちゃでもありました(笑)。
結局は、(結果こそ残念でしたが、)国立入試を戦えるところまで来ました。
その過程を思うだけでもう泣きそう・・・詳しくは、受験報告会をお楽しみに!


Q:英語の勉強において、特に大変だったことは?
A:リスニング以外全て
→今年の共テは英語リーディングは6割65点、リスニングは2ミスでした。

Q:ディスレクシア的に、大学入試や受験勉強において、特に注意するべき点はありますか?
A:英語が出来ないときつい、数学ができないとさらに辛い
→実に本質を突いています。

Q:逆に、ディスレクシア的に、大学入試や受験勉強において有利に働いた点はありますか?
A:なし、強いて言えば推測力だが他の人は普通に読めるのであくまで代替手段
→いやいや、GK君の推測力は怖いです!普通の人が字面から得る以上の内容を、推測から読み取ってしまいます。
それは、圧倒的かつ日々増殖を続ける雑学によって支えられています。毎年の誕生日プレゼントは図鑑だった、小学校の頃は図書室の本を読み切ってしまった、関心のある分野が増えるごとに、どんどんいろんなことが自分のなかでリンクしていったと。恐竜、城めぐり、動物、地形、地質学、鉄道、航空、生態学、写真、海外サッカー、歴史・・・これも、続きは受験報告会で。


Q:自分がディスレクシアだと知ってどう思いましたか? 現在はそのことをどう捉えていますか?
A:特に思うことはなかった、自分は日本語であればそこまで症状が深刻でないのでそこは良かったなといった感じ


Q:もじこ塾に来て,英語は読めるようになりましたか?(正直,どのくらい英語ができますか。)
A:初期に比べれば雲泥の差、もちろん7年いたというところもある。(どのぐらいできるんでしょうか、あまり周りと比べなかったのでなんとも言えないができるとは言えない)
→リスニングは同級生に驚かれるほどよくできるそうです。
読むほうは、たぶん試験場では何かが起きるのでしょうが、落ち着いた状況であれば最難関大の入試問題も読めます。鉄壁は高2から始めて完璧に仕上げています。
読む話ではありませんが、もじこ塾にイギリス人の来訪者があったとき、プレミアリーグの話を自分から振って、相手の自然なライバル心を引き出していた(「え?私はアーセナルではなく××のほうが好き」)のは見事でした。聞けば高校にいるネイティブの先生以外のネイティブと話したのは初めてとか。あれは圧巻でした。


Q:中学のとき(入塾時)の英語力について語ってください。
A:それまで気持ち程度しかやっていなかったのでゼロに等しい程度だったと思います、中学でも初めから躓きました
→彼は私が、ジョリーフォニックスをアレンジしたフォニックスを初めて教えた生徒です。予備校の中学スタートダッシュ講座の最前列で、盛大に読み間違えているのが彼でした。


Q:もじこ塾に通っている生徒に、激励のことばを。
A:まずは自分の特性を把握、次に弱点の打開策を探すという普通のことをまずはしてみて下さい、これを繰り返せば少しずつ読めるようになります
→普通のことねえ・・・一周回った印象がありますね。深いです。


Q:将来の夢を1行でどうぞ。
A:まだないです、すいません

Q:高校は、特性持ちに寛容でしたか。
A:自分は高校時代は配慮を受けていませんでしたが後輩の話を聞く限り寛容だと思います

どんな話になるのか。怖くもあり、楽しみでもあります。乞うご期待!

2024-02-15

7周年のごあいさつ

もじこ塾は、7周年を迎えました!





フォニックス講座のご案内が遅れておりまして、申し訳ありません。
いろいろ手が回っておらず・・・今週末には告知します!



コロナ中は本当に人が減って、経営的に非常に苦しかったもじこ塾(泣き笑い)ですが、ここへきて、だいぶ人が戻ってきました。

やはり、長かったマスク生活、ことばを発することも少なくて、ディスレクシアが見逃されていたのでしょう。



最近は、大学生や社会人の方から、問い合わせを受けることも増えました。
英語資格要件に阻まれて、進学や就職や昇進が阻まれている、どうすればいいのか・・・と。
「ディスレクシア英語教育の三本柱は、訓練・配慮・ツールです」とお伝えしたうえで、策を練っています。(このようなご相談にもお応えできます)
それにしても、英語資格が仕事人生の行く手を阻む時代状況は、なんとかしないといけません。


海外にルーツがある方からの相談も増えています。
家では英語で話しているので、学校では「英語ができる子」扱いですし、
場合によっては、同年齢の定型発達の純ジャパより英語が読めますし(半分母語ですから、当たり前ですが)、でも、想定されるほどは読めず、スペルとなるとボロボロであることに、本人はとても苦しんでいます。
日本語よりも、英語でのほうが、話せることと読める/書けることのギャップが、さらに大きく出るようです。研究が示している通りです。


もじこ塾の生徒や助手が研究の被験者になったり、卒業生さらには現役の生徒がディスレクシアまわりの研究を行うことも増えてきました。
とある研究会での「そんなに英語が読めるなら、本当にディスレクシアなのか」とのコメントに対し、被験者を囲んで集団クラスの子たちが憤慨したこともありました。


このように、最近はディスレクシア英語教育の幅が広がりつつある、もじこ塾です。

いろいろお伝えしたいことはあるのですが、私は雑務に追われてなかなか。。

ここは物言う当事者のコミュニティです(笑)。
8年目は、彼ら彼女らの発信にもご期待ください!


 


2023-12-30

声が小さい生徒たち

これも2学期中に書いたまま、公開する勇気がなかなか出ませんでした。

しかし、冬休みの講座を行い、この問題は解決していないことが改めてわかりましたので、思い切って今年じゅうに、世に問う(?!)ことにします。

いまの中1~2、さらには高校生にもみられる、声の小さい生徒の問題です。

1) 声が小さい生徒の周りは、会話が減る

2)声が小さい生徒は、表情筋が弱い

3)声が小さい生徒は、音のワーキングメモリが弱い

という話です。



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今日は、もじこ塾が対応に苦慮している問題について書きます。


これについて書くのは、勇気がいります。

なぜなら、マスクの着用が関わる問題だからです。


マスクについてはいろんな考え方があることは、重々承知しています。

以下は、特定のあり方を強制するものではありません。


と申した上で。

マスク生活が長引くことによる悪影響を、私は目の当たりにしている気がするのです。 


☆   ☆   ☆


マスクを外せない、つまり自分の顔をさらせない人がいるとは、すでに言われています。


それも、もちろん憂慮すべきことなのですが

最近、声がとても小さい生徒が増えています。

そのことが、本人にも、世代全体にも、想像以上の悪影響を与えつつあると感じるのです。


マスク生活4年目の今年は、全体的に例年よりフォニックスの定着が悪い印象があります。

小学校英語4年目なのに、むしろフォニックスの定着が悪いのです。

ブレンディングにも苦労がありますし、同音異綴りが入りにくいです。

(そして12月現在、定着が悪い生徒はほぼ例外なく、今もマスクをしています。)


声が小さな生徒とその周囲の生徒への悪影響を、3つあげてみます:




1)声が小さい生徒の周りは、会話が減る

声の小さい生徒は、ことばを発することにとても慎重です。

そのような生徒が一定割合存在すると、ディスレクシアは空気を読めますので、その場の雰囲気にあわせて慎重になります。

すると、クラス全体で思いっきり笑ったり話したりすることが、なくなります。

もじこ塾では、思いつくがままの自由な雑談を大事にしていますので、こうしたことがなくなるのは、ゆゆしき事態です。




2)声が小さい生徒は、表情筋が弱い

声が出ない生徒は、体に力が入らないようです。全身の筋力が弱いように見えます。


声を張らないようにと、マスク生活のあいだ意識し続けた結果、体がこわばっているようにも、力が入らないようにも見えます。

お腹から声を出せず、体を使っていない感じが強くです。体幹が弱く、腕もほっそりしています。

(大学生の助手たちが「自分が中1のときは、自分も周りももっと体格がよかったが、、」と言っています)


この筋力のなさが、読み能力に影響を与えているように感じます。

体幹が整うと読み能力は安定しますし、訓練の負荷にも耐えられるようになります。


表情筋も乏しいです・・・マスクで隠れているので、めったに見えませんが。

たまに見えると、つるりとした、表情のない顔をしているので、とても心配です。



英語はもともと、日本語より表情筋を使いますし、息を勢いよく出します。

声の小さな生徒が腹筋も表情筋も萎縮していることは英語、特にフォニックスを指導すると一発でわかります。


そして、ディスレクシア英語指導の前提となる考え方である


  • 発音できる音は聞き取れる。

  • ディスレクシアは、聞き取れた通りにスペルしてしまう。


からすると、発音できない音はスペルできないので、表情筋がないのはスペルできないことにつながります




3)声が小さい生徒は、音のワーキングメモリが弱い?!


そして何より、憂慮すべきことは、

声がとても小さい生徒は、他人が発したことばを、覚えていられないらしいのです。


「音のワーキングメモリが萎縮している」

という表現が浮かびました。

それも、去年よりも今年の方が、萎縮傾向が強まっているように見えます。

これは、真剣に対処しなければ、生徒とその世代全体に重大な影響を及ぼす危険があります。



一度、あまりにも声が出ない生徒を呼んで、話を聞いたことがあります。 


その生徒も、がっちりとマスクをしています。 

「r・ai・nって書いてあるよ。つなげてごらん」と後押しすると「ライン?ん?」と首をかしげています。マスクの中にとどまっているような、小さな小さな声です。


「フォニックスは難しい?」

と聞くと、蚊の鳴くような声で

「難しい。音を覚えていられない」。

(丁寧語を使えないのも、このような生徒の特徴です) 



音を覚えていられない・・・!

どうやら、「文字を見て音素を想起できない」のではなくて、「教師が言った音素を覚えていられない」らしいのです。 


これは衝撃でした。


この生徒は続けて、

「英語は難しいし、興味はない。 できるようになりたいと思わない」 

と言います。

「まあ、、英語は難しくて大変だよね。でも、フォニックスの練習を続けたら、いいことがいっぱいあるよ。あと、音の訓練も続けると、もっと覚えていられると思うよ」

(音韻認識の訓練のことを念頭に置いて言っています)


すると

「友達が言っていることも忘れちゃうし」と言うのです。

「友達の話を覚えていられないの? それは大変だよ。今から練習した方がいいよ。

フォニックスで音を覚えている訓練を続けたら、友達の話も覚えていられるかもよ」

と私が言うと、なんと

 「周りもみんなそうだから、そんなに困ってない」と、その生徒は言うのです。 


周りもみんなそう・・・!


クラスメイトも声が小さく、音の記憶が悪い。

 相手の話を覚えていられない。


そんな教室には、にぎやかなおしゃべりは、きっとないでしょう。 会話のキャッチボールが成立しているかあやしいものです。

互いにかみ合わない発言、拾ってもらえない会話の切れ端が、ただ空中に漂うだけ。そんな休み時間の様子が浮かびました。


この問題は私が思っているよりもずっと大きいのかもしれない、そう思った瞬間でした。 




それ以来、私は保護者に聞いたり、他の生徒にも尋ねてみるようになりました。


「学校のクラスに、すごく声の小さい生徒がいませんか?」


やはりというべきか、全員が「いる」と言うのです。 


高校生からは

「そういう子に『何言ってるかわかんないよ』って注意したら、先生に『そういうこと言わないで』って怒られた」

「そういう子がいると気を使うし、盛り上がらないからつまらない」

という発言がありました。


 声の小さい子は、周囲の学びにもじわじわと影響を与えているのです。 


でも、やはりそれ以上に、音のワーキングメモリーが著しく低いことが、声が小さい子自身の発達に重大な影響を与えていると思われます。


私はこれを、マスク生活の影響だと思っています。

人の口を見る機会がなかったこと、三密防止、ソーシャルディスタンス、そして給食時の黙食。

そういう生活が長かったため、ことばを交わす機会が少なくて、それで声の出し方がわからなくなっているのかもしれません。


生徒や保護者に「コロナ中、友達の家に行って遊ぶことはあった?」と聞くと、かなり多くの子が

「さすがに最初の1年はなかったよね」と言います。

 こういうことも影響を与えているのではないでしょうか。 


また、自粛期間中に「マスクをきちんとつけなさい!」と通りすがりの叱責されたのをきっかけに声が出なくなったり、マスクを外せなくなったりして、それがいまだに続いている…という声も聞きました。


この克服には時間がかかるでしょう。

もしかしたら一生残るかもしれない、と小学校の半分を共産圏で過ごした影響が今も消えない私は思います。小学校高学年の子は大人よりもずっと根底的な影響を、自粛生活から受けてしまったようです。


そして、ことがコミュ力の著しい低下ならば、上の世代があたたかく接して、時間をかけて克服をサポートすべきだと感じます。


これは個人の問題ではありません。

大人全体が意識して、割を食ってしまった世代に働きかけなければならない、そんな問題だと感じています。


~~~


最後に・・・

上のように申しておきながら、厳しいお願いになってしまうのですが、

次年度、もじこ塾への入塾をご検討の方は、マスクを外し、口元を見せて声を出せるよう、ご家庭であたたかく声かけをして、ご準備をお願いできれば幸いです。

どうぞよろしくお願いいたします。