ディスレクシア専用英語塾「もじこ塾」のブログです。 ●ディスレクシアとは:知能は普通だが、読み書きが苦手(読み間違いが多い、読むのが遅い、書き間違いが多い、読むと疲れやすい)という脳の特性 ●全体像の把握、物事の関係性・ストーリーの把握、空間把握、ifを考えるシミュレーション能力に長ける ●読み書きの困難は、日本語より英語に出やすい ●適切に対処すれば、読みの問題は表面上は克服される ●10人に1人程度いるというのが通説 ●家族性とされるが、ディスレクシアの表れ方は個人差が大きい もじこ塾は、ディスレクシアはこれからの社会に不可欠な才能、でも日々の学習では普通と違うアプローチが必要、という立場です。

2025-11-15

IDAによるディスレクシアの2025年版定義について (その4:話し言葉~Hulme教授講演紹介、新定義から外れた文言、おわりに)

この記事は、IDAによるディスレクシアの新定義についてまとめたものです。

その1(新定義と試訳)→

その2:スピード、形態素、連続体、複雑、二次的影響)→
その3:超早期介入、ナディーン・ガーブ教授講演@LD学会→


以下はその4。新定義の用語解説の続きです。


7. early oral language weaknesses often foreshadow literacy challenges

(発達段階の初期における話し言葉の弱さは、しばしば、リテラシーの困難の予兆となる)


この部分は「SnowlingとHulmeの影響を受けて含めた」そうです。

お二人(夫婦だそうです)はイギリスのディスレクシア研究の大御所です。

ヒューム教授は新定義発表シンポジウムの翌日に講演され、新定義発表シンポジウムより多くの聴衆を集めていました。

「俺らBritsにとってはちと早いんだけど(IDAは8:00開始)、これがアメリカ人のやり方なのでしょう、I know」と笑いを取りながら開始。


ヒューム教授講演のまとめ:

・幼稚園以降、デコーディングと話し言葉のスクリーニングを行うべき(会場から拍手) 

・フォニックスに意味を組み合わせて指導するべき(拍手)。読むためにはデコーディング以外にも、必要なことはたくさんある 

・「話し言葉が読むことに重要な役割を果たす」という内容の教員研修を行うべき(これも拍手して!とご本人がお茶目に促し、会場は笑いながら拍手)



ヒューム教授の講演は、研究成果をもとに就学前後の生徒を対象とした介入プログラム(NELI)を開発し、それをイギリス全土の小学校に導入し、さらには諸外国にも拡張しつつある、という話でした。

科学的根拠に基づく指導、
全員スクリーニングを受けての介入、
プログラムの規模拡張にまつわるさまざまな課題の克服・・・

Research to Practice(研究を実践に)を一人でやってのける、圧巻の内容でした。

そのヒューム教授も、
「ディスレクシアの原因を音韻だけに求めるのは、間違いとは言わないが不完全であった」
と自己批判していました。




ヒューム教授講演







8.  These difficulties … persist even with instruction that is effective for the individual's peers.

(こうした困難は、本人の同級生には効果的な指導を受けた後でさえも残る)

disabilityを示すには、『仲間から逸脱したパフォーマンス』として表現するのが最適と考えた。多くのdisorderの定義がそうなっている。  


風邪のように、一時的にみられるが消え去る種類の困難がある。だがディスレクシアはそれとは違う。学校でもできず、家で練習してもうまくいかず、困難が続く。これをpersist(しつこく続く)という文言で表現すべきと考えた。  



この部分は、読み能力は正規分布を示すという指摘と重なります。
同級生はボリュームゾーンに、ディスレクシアは左側に位置するわけですね。

個人的には、peer(ピア、仲間)という単語選びに、奥深さを感じます。
「ほかの教科は、授業にまずまずついていけるが、英語だけとても大変」
という生徒を、この定義は記述しようとしているように思います。


新定義から外れた文言


1. decoding(デコーディング)

2002年定義の「ディスレクシアは(...)拙劣なスペリングとデコーディングの能力によって特徴づけられる」から「デコーディング」が外され、reading(読む)になりました。


アドバイザーの意見を集めたところ、90%がpoor spelling(スペルミスが多いこと)をディスレクシアの特徴として指摘したが、poor spelling(スペルミスが多いこと)とpoor decoding(デコーディング力が劣っていること)は言語によっては共存するとは限らない。


とのことです。

日本語のことを言っているのかも。。

「漢字は読めるけど書くのは苦手」という状況は、poor spellingを示しているがpoor decodingは呈していない、ということかもしれません。


その反面、もじこ塾で見る限り、生徒は英語を読む際、文字を音にすることに程度の差はあれ苦労しており、「デコーディング」は英語でのディスレクシアの出方を説明するのに最適な単語です。説明文書に残ることを期待したいです。



2 unexpected(予想できない)

2002年定義の「他の認知能力と比べるとしばしば想定外」は、新定義から外されました。 


unexpectedは、IQと成果のディスクレパンシーモデルを想起させるので外した。  unexpectedを強調しすぎるとIQ差の議論に偏ってしまい、指導の重要性が抜け落ちる懸念がある。

この定義は、教室での指導をより効果的にすることに重点を置いた。


ディスクレパンシー(落差)も、fluency同様、議論を呼ぶ表現のようです。

私自身が整理しきれていないので、これくらいにしておきます。



●この定義が何でないか

新定義で扱えなかったこととして、以下があげられました:


・書記体系によって異なるディスレクシアのあり方

・算数障害との関係

・ADHDやDLDなどとの共起


・アセスメントのプロトコルも関係ない。

・基準値を与えるものでもない

・教え方の具体的な方法も示すものではない

・これ自体は法律ではない。法律に転化されなくてはならないが、




●最後に
新しい定義は前回のもの同様、暫定的(working definition)であること、つまり今後も変化していくこと、
当事者を後押しし、親を安心させ、関係者には指針を与えるものであること、
新定義を細かく吟味したうえで共有し、アドボケートしてほしい

・・・との言葉で、シンポジウムはしめくくられました。


書き足りない部分、書き切れない部分があります。

IDAから近日中に出るという発表をお待ちください。

また、もじこが関与する新プロジェクトも始動(かも)。乞うご期待・・・

ここまででも十分に長いのですが、余談を書いておしまいにします。



おわりに(余談)

例年そうなのですが、IDA行きでは基本的に観光はせず、終了から帰国までの移動時間は、できる限りブログを書く作業に捧げるようにしています。帰国したら生徒が待ってますし、まとめることは誰よりも自分のためになっています。


しかし!今年は、ダラスDFW空港での国内線から国際線への乗り継ぎが間に合わず、ダラス空港のロビーで一晩過ごすはめに。これは絶対にDFW空港の運用上の問題。なんで航空会社の公式サイトに掲載されている接続便を予約してこんな目に・・・

でもおかげで、ダラス空港のベンチで、ものすごく集中して原稿整理する時間をもつことができました。PLAUDは神。


今回学んだことは授業と、日本のディスレクシア・コミュニティに還元してまいります!




深夜のDFW空港




2025-11-11

IDAによるディスレクシアの2025年版定義について(その3:超早期介入、ナディーン・ガーブ教授講演@LD学会)

この記事は、IDAによるディスレクシアの新定義のシンポジウムをまとめたものです。

その1(新定義と試訳)→

その2(用語解説その1)→

以下はその3です。

6. language and literacy support before and during the early years of education is particularly effective.

(就学前および就学初期の数年間における言語とリテラシーに関するサポートは、特に効果的である)

Xで特に大きな反響を呼んだのがこの部分。一部繰り返しになりますが、ここにまとめておきます。

↑「すべての人が読めるまで」。IDAのスローガン


まず、
before and during the early years of education
この部分の構文について。

「andは文法的に似たもの同士を結ぶ」という並列関係の法則が発動しますので、
beforeとduringが並列関係にあり、両方ともearly years of educationにつながっています。

before the early years of education(教育の初期の数年間の前)

and

during the early years of education(教育の初期の数年の間)


つまり、「就学前および就学後の最初の数年間」と言っているわけですね。

就学前にサポートを行う」という文言が「超早期介入」と言い換えられ、強い印象を与えたようです。
定型の子もほとんど文字を知らないはずの幼少期に、「この子はディスレクシアかも」と見抜いて何かを行う。それによって読み書き困難を軽減もしくは防止できたとしたら・・・

しかし!ここは「就学前に読み訓練を行う」とは言っていないことに注意が必要です。
そもそも原文には「介入」(intervention)の文字はありません。

就学前後に行うと効果的とされているのは、language and literacy supportです。

これも先ほど同様、languageとliteracyが並列関係にあるため、
「言語のサポートとリテラシーのサポート」となります。

リテラシーとは何か・・・いろんな意味で使われている単語ですが、私は
「読み書きそろばん」と言ったときの「読み書き」をイメージしてもらえると良いのかなと思います。read to learn(読むことを通じて知識を得る)ができる力、という感じです。

「言語とリテラシーのサポート」とは、私の考えでは

○話し言葉を充実させる
(会話をいっぱいしたり、言葉遊びをしたりすることで、語彙力や音韻認識を向上させる)

○読み聞かせを日常的に行う
(もじこ塾に来る方の多くが効果的だったと語るのがこれ。書き言葉を聞くことの意味は、とても大きいようです)

○視覚化されたことばが身近にあり(本、字幕)、それらが面白くて役に立つと思える経験を積ませる
(文字に関心を持つことが、文字を読むことにつながる、、はず)

○自分の話が伝わったという経験を積ませる
(話し言葉や言語全般への信頼感を育てる)

そして、
○大人は子どもに話しかけるとき、助詞をできるだけ省略しないようにする(その2参照)


を言っているのだろうと思います。
「早くから文字を教え込む」という意味ではないと思います。

(なお、こういった経験のなかで文字に関心を示さなかった場合に、ディスレクシアを疑ってもいいかもしれません。)



☆  ☆  ☆

定義に話を戻すと、
この部分は、ハーバード大学の脳科学者、Nadine Gaab(ナディーン・ガーブ)博士が強くプッシュしたから採用されたそうです。

ガーブ博士は、IDAでは真っ赤なパンツスーツでさっそうと登壇してこの部分を力説し、「ナディーンのおかげでこの文言が入った。ありがとう」と言われていました。

実は彼女、この登壇のわずか5日前に、日本のLD学会にも登壇されました。
IDAでは大ホールを満席にできるスーパースターですが、LD学会の聴衆は20人くらい。。ナディーン姐さんに申し訳なかったです。でも姐さんは意に介さず、講演は手抜きなし、私を含む聴衆の質問にも明快に答えてくれて、かっこよかったです。

LD学会の講演内容が、新定義のこの部分と重なるので、少し紹介しておきます。

・「ディスレクシアのパラドックス」。介入に最も適した時期を過ぎてから、ディスレクシアだと気づかれることが多いことを指す。

・4歳頃、脳の変化により、読むことの発達上のタスクが、話し言葉の獲得から音と文字の対応へとシフトする。この時期が介入に最適。

・4歳までは、文字指導ではなく、話し言葉の発達こそが読み能力の発達を支配している。

・家族にディスレクシアがいると、ディスレクシアのリスクは上昇する。だが遺伝子検査は意味がない。ディスレクシアは複雑で多因子的(multifactorial)であり、環境要因が遺伝的要因に影響を与えるので
・つい数週間前に発表した内容だが、早くも生後18ヶ月で、読み困難を引き起こす脳の変化がみられることがわかった。ここから、wait-to-fail(失敗を待つ)、すなわち問題が見えてから対処するのではなく、全員にスクリーニングを行い予防的介入を行う可能性が見えてくる。 

これは、18ヶ月で読み困難がすでに現れているという意味ではありません、18ヶ月はまだ話し始めたくらいです。それにしても、その頃にすでに脳の変化が現れているとは。。

・幼い脳は可塑性が高いので、幼い時期の介入には有意に効果がある

・「待てばやがて読めるようになる」ということは、ディスレクシアにはない

・ディスレクシアはIQとは無関係。視覚の問題ではない。読み能力が発達していると期待される年齢よりもかなり前から識別可能である。



~~~

超早期介入はもじこ塾の範囲外のテーマなので、他の方にぜひ推進してほしいです。

でも、くれぐれも、子どもの心を大事にしたものをお願いしたいです。