ディスレクシア専用英語塾「もじこ塾」のブログです。 ●ディスレクシアとは:知能は普通だが、読み書きが苦手(読み間違いが多い、読むのが遅い、書き間違いが多い、読むと疲れやすい)という脳の特性 ●全体像の把握、物事の関係性・ストーリーの把握、空間把握、ifを考えるシミュレーション能力に長ける ●読み書きの困難は、日本語より英語に出やすい ●適切に対処すれば、読みの問題は表面上は克服される ●10人に1人程度いるというのが通説 ●家族性とされるが、ディスレクシアの表れ方は個人差が大きい もじこ塾は、ディスレクシアはこれからの社会に不可欠な才能、でも日々の学習では普通と違うアプローチが必要、という立場です。

2017-11-13

IDA@アトランタ報告(その4)~スタニスラス・ドゥアンヌ教授講演~




「New Studies on How Literacy Transforms the Brain
(読み能力はいかに脳を変えるか:新しい研究)」

アトランタまで行った最大の目的は,フランスの脳科学者,スタニスラス・ドゥアンヌ教授の講演を聞くことでした。 結論から言うと,(今の私にとって)非常~に驚きの指摘を得ることができました。今日から私の授業はさらに変わります(笑)

この講演は「ノーマン・ガシュウィン・メモリアル・レクチャー」と位置づけられています。ディスレクシア脳研究界の早世したスーパースターを記念し,読みの脳科学の最先端研究を一般人に伝えるのが目的だそうです。
「私たちは先人の肩に乗っている」の言葉とともに,オートンにはじまる過去100年弱のさまざまなディスレクシア研究者や教育者を紹介する映像が流れ,会場の熱気が最高潮に達したところで教授登場。こういう流れを作るのはアメリカ人は本当に上手です。

導入で「"Book"(本),それは非常によくできたツール」と,Macの新製品カンファレンス風?な動画で笑いをとりながら,講演は始まりました。フランス語なまりの強い英語で,画像が満載のスライドをばんばん見せながら,すごいスピードで話は進みます(+_+)

☆    ☆    ☆
「読めるようになると脳は変わる(Reading transforms the brain)。先生たちが子供に働きかけることで,生徒の脳は変わる。今日はそれについて語りたい。」

★ここで言うReadingは,読解力以前の,文字列を読む能力,
おそらくは1つの単語から短い1文を読む能力と思われます。

「話し言葉は努力なしで獲得できるし,脳には話すための専用の部位もある。しかし,読むという行為は後年になって発明されたもの。専用の脳の部位はなく,読字能力は,本来はその目的のためにでなく存在している部位が,リサイクルされて形成される。」

★別の脳科学者から聞いた話では,話す能力は10万年前の人類の祖先から原型がみられる一方,人類が読むようになった歴史はせいぜい56000年。人類はまだ読むための脳の部位を進化させるに至っていないのです。

左脳にあるこの部位を,教授はレターボックス(文字の箱)またはVWFA(Visual Word Form Area:視覚的に単語の形を認識する部位)と呼び,いよいよ本題に入ります。
#ここで改めて注意喚起。
この研究では,「単語あるいは文字列のの認識」を見ていきます。

「レターボックスは69歳の間に完成する。ハイパーレクシアだと5歳にはもうできている。」 
「この時に犠牲になるのは,顔を識別する部位。レターボックスが形成されるのに伴い,右脳に移行する」

★ちょw。顔認識ができないハイパーレクシアだったもじこは,きっとレターボックスができたときに,顔を認識する部位が右脳に形成されなかったんでしょうね。

「ディスレクシアの9歳児にはレターボックスがなく,顔を認識する部位も左脳のまま。だがこれはディスレクシアの結果であり,原因ではない。視覚的な困難はディスレクシアの結果であり,原因ではないことが少なくない。脳の可塑性を考えると,早く正すべきと思うが」

★脳の「可塑性(かそせい)」(plasticity)とは,平たく言えば脳が変われる性質を指します。

 「レターボックスは,形を認識する脳の部位を,読字能力に再利用することで形成される。これを「ニューロ・リサイクリング」(neurorecycling,神経の再利用)と言う」

★ここからは,さらにたくさんの画像を見せながら,話が進みます。
「レターボックスは,どのような過程を経て形成されるのか。就学直後の,読むことを学び始めたばかりの子供は(☆フランスの話です),レターボックスだけでなく,脳のあちこちの部位が,程度の差はあれ,一時的に激しく活性化する。その後落ち着き,2年生の終わりごろには努力なしで読めるようになっている。この頃には,音韻と文字の対応,音韻認識,そして流暢性を獲得している」 
「特に重要なのは自動化(automaticity。読むことが自動化していないと,数の認識や読解など,他のことに脳のリソースを回す余裕ができない」
★生まれた時点では,ヒトの脳は読むための部位を持っていない。就学年齢の頃に,書き言葉という刺激を与えると,文字に対して脳のあちこちが反応する時期を経て,2年ほどでレターボックスだけが活性化するような脳へと変化を遂げている。
以降は,読むという作業は自動化され,とても楽になる(少なくとも定型の場合は)・・・という流れです。
この「自動化」という概念が,このあと重要になってきます。

「レターボックスは,脳の可塑性の高い部位に発生し,そこに定着する。読字能力を鍛えない場合,レターボックスができるはずだった場所には,他の視覚認知(道具,家,顔など)が進出する。大人の場合は可塑性が低下し,子供の脳よりも固まっているので,脳を変えるのは難しい。例えば,2年にわたる読み訓練をしても,文字列の認識に努力を要する,つまり自動化に至らない」

★音楽家や数学者,さらには脳卒中でレターボックスの部位がやられた人の脳画像を見せながら,音楽家は楽譜を,数学者は数式を「かたち」として認識する力が高く,レターボックスをおいやっていることを,笑い話として紹介していました。あちらを立てればこちらが立たず” 的な。

★だんだん時間がなくなり,話がものすごく速くなって,メモも切れ切れに。

「音韻に関係する部位はレターボックスとは別にある。レターボックスが発達すると,話し言葉の認識力も向上するつまり,音韻認識とレターボックスは相互に関連しながら発達していくようです。あと左右盲の話もしていました


そして最後に,超駆け足で,驚くべき言葉が!!

「レターボックスとは別に,脳には「音韻に関係する部位」と,「意味理解に関係する部位」がある。 
子供においては,『文字→音』の回路,つまり「文字を見て,音を想起するつながり」 を開発する必要がある。この部分は難しく,教師はここを明示的に教える必要がある。 
子供の脳は『文字→意味』の回路を勝手に開発する。これが自動化だ

★( ゚Д゚)!!゚Д゚)!!
つまりこれは,「アルファベット言語でも,ある種の視読の域に達するのが理想形」ということのようです!!この発言を講演最後の3分で聞いたときは,足腰立たないほどたまげました。アトランタまで行って本当によかった()

しかも,もう一言,続きがありまして・・・

だが,最初から『文字→意味』の回路だけを,直接開発しようとしてはいけない。 
教師が教えるべきはあくまでも『文字→音』の対応」。

゚Д゚)!!゚Д゚)!!
つまり,
教師がホールワード*で読めているからといって,生徒にもそれを最初から要求してはならない。
(*ホールワード(whole word):stopをまるごと「ストップ」と読み,それ以上分解しない読み方。今なお根強い,反フォニックスの最大勢力)
あるいは,
結果として生徒が視読の域に達するのはかまわないが,教師が最初から「いいよいいよ,音にできなくても。意味だけわかればいいよ」と言ってはならない。
さらには,
ある程度熟達するまでは,英語の音を伴わない状態でのサイトラは有害
(*サイトラ(sight translation):英文を見て日本語の訳を言わせる,つまりThis is a penという文を生徒に見せて,教師も生徒もこれを読み上げない状態で,生徒に「これはペンです」と言わせる。通訳における重要なスキルの一つ)
・・・ということを,この発言は示唆しています。


★家庭の役割は別にあるのでしょうか。これについては
「『家庭内における本の存在』は自動化を加速するので,読み能力獲得の成功に役立つ要素」とのことでした。加えて「『就学前にたくさん話をして,話し言葉の語彙を増やすこと』『音韻の知識』」を挙げていました。

☆    ☆    ☆

終了後,サイン会があったので,持っていた日本語版『意識と脳』をプレゼントしながら少し質問してきました。
私は「脳」という文字を指さしながら
「これは音にしなくても,brainという意味だとわかります。漢字は「文字→意味」ルートを非常に作りやすい性質があります,漢字文化圏の読み戦略はアルファベットのそれとはとても違います」と力説したところ,

アルファベット言語でも,自動化がカギなんだよ(automaticity is the key.)

と改めて念押しされました( ゚Д゚)そうなんですね~~~

もう一つ,こんな質問をしてみました。炎上しないといいのですが…

「脳の可塑性が止まってしまい,レターボックスはそれ以降は形成されないという,年齢的な限界はありますか?」

これに対しては「可塑性は減るだけで,完全にはなくならない」と言っていましたが,なおも食い下がったところ「思春期は大きな役割を果たす気がするI think puberty plays a big role.)」と言っていました…。
思春期(+_+)女子は超不利ぢゃないですか。

最後に,
「超一流の人は知っていることを(少なくとも一般人には)出し惜しみせず,オープンであり,ユーモアがある」は私がディスレクシア・ジャーニーで知ったことの一つですが,ドゥアンヌ教授もそんな一人でした。

~~~

昨夜,無事帰国しました。
アトランタは遠かったですが,むちゃくちゃ勉強になりました!
教材を爆買いしてきたので,次回はそれらを紹介したいです。 

5 件のコメント:

  1. おかえりなさい、もじこさん。
    地球の裏側までのディスレクシア・ジャーニー、お疲れ様でした。
    しかもこんなに早くレポートをアップしてくださって。
    なんとも濃い時間を過ごされたことがビシビシ伝わってきて……もじこ塾がいっそうパワフルになりそう(^^)

    返信削除
    返信
    1. これまでの経験上,すぐ書かないと永久に書けないので,飛行機の中で頑張って書きました(笑)

      削除
  2. 無事、帰国され何よりです〜。報告とても興味深く読みました!英語については発音をすっ飛ばして受験を乗り越えた私は息子もそうできると思ってしまったことを思い出して、なんて間違ったことをしてしまったんだと思いました。_| ̄|○

    アメリカの学会は発表者がボコボコにされることもあるんですね。意見交換か活発そうで面白そうですね。また、お話書いてください!

    返信削除
  3. 無事の帰国何よりです。

    レターボックスについて、記事では「単語や文字列の形の認識」という表現になっていましたが、
    もっと細かく「あ」と「お」という似た形の文字を、違う文字であると判別する役割、という解釈でもいいのでしょうか。

    また、「数学者は数式を「かたち」として認識する力が高く」の部分を読んだ時に、
    「数学で、方程式や等式の変形、代数が苦手な生徒のことも、ディスレクシアと同じような解釈で理解できるかもしれない」
    と思いました。考えがまとまり切っていない状態なのですが、例えば「3x=6」と「10x=200」を「同じ解き方で解ける数式」と頭の中でリンクしないのではないか、と。

    アトランタでの報告の追加、その他の新しい記事もお待ちしております。

    返信削除
  4. こんにちは。
    興味深い記事を書いていただいてありがとうございます!
    うちには書字障害と言われた小1の女の子がいます。
    読むのも苦手ですが、書字のほうが苦手です。
    検査結果によると、音韻認識が悪い事が原因で、文字を書くのが苦手なようです。
    視認知検査では、凸凹があるけれども視覚障害があるとは言えませんでした。
    音韻認識が弱いだけで、字を書くことも、パズルも苦手なのはおかしいなと思っていました。
    レターボックスが形成されてない脳を持つディスレクシアの人は、形をとらえることも苦手なのは当たり前ということなのでしょうか…。
    またこれからの記事楽しみにしてます!

    返信削除