ディスレクシア専用英語塾「もじこ塾」のブログです。 ●ディスレクシアとは:知能は普通だが、読み書きが苦手(読み間違いが多い、読むのが遅い、書き間違いが多い、読むと疲れやすい)という脳の特性 ●全体像の把握、物事の関係性・ストーリーの把握、空間把握、ifを考えるシミュレーション能力に長ける ●読み書きの困難は、日本語より英語に出やすい ●適切に対処すれば、読みの問題は表面上は克服される ●10人に1人程度いるというのが通説 ●家族性とされるが、ディスレクシアの表れ方は個人差が大きい もじこ塾は、ディスレクシアはこれからの社会に不可欠な才能、でも日々の学習では普通と違うアプローチが必要、という立場です。

2022-08-17

工学部ディスレクシア3名、英語との向き合い方の記録

さまざまな工学を志すディスレクシア3名の、英語との三者三様の戦い方、向き合い方の記録です。

あがく、回避する、配慮を受ける、ツールを使う、訓練する、、
さまざまな方法があり、それぞれに尊い、という話です。


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​ 4月×日 ​

関西の​高専※から大学三年次編入※​で工学部に入学、上京してきたM君が、もじこ塾に入りたいのことで、面談に訪れました。

そこに、同じく三年次編入を目指してもじこ塾に復帰した高専2年のS君、
​もじこ塾の卒業生で助手をしている​情報工学科3年のN君が加わり、
教室内はさながら「工学部ディスレクシアの宴」に

​※高専:高等専門学校。5年制で、工学系にシフトした専門教育を行っている。早くから工学系の才能を示すディスレクシアにおすすめの進路のひとつです。

三年次編入高専を卒業後、大学(主に工学部)の三年生に編入すること。ほとんどの国公立大学が高専からの三年次編入を受け入れている。三年次編入の試験科目は大学によって異なるが一般入試は理系科目と英語、推薦入試なら面接だけの場合も。

M君「ここまでずっと、英語を避けてきました」


M君は、これまで一度も英語で入試を戦うことないまま、国立大学の3年生になりました。
高専は推薦入試で突破したそうで、英語はなし。
大学三年次編入は、試験に英語が課される大学もありますが、M君は英語のない推薦入試を選んだそう
これまで受けた2回の入試とも、面接だけでクリアしてきました。

「でも、院試や就職には、英語資格の要件があります。
できることなら、本当は留学もしてみたい」。
 
M君は自分がディスレクシアと知っていたものの、高専では自分と同じような人を見たことがないと言います。
ディスレクシアで大学に進学した人、まして理系で戦っている人は見たことがないと。
 
S君のように、自己紹介で「自分はディスレクシアです」と言う人や、
N君のように何年も読み訓練を続けている大学生を見て、非常に驚いていました。
 
3人とも苦労のポイントは同じなようで、最初から意気投合。
SN君は臆面なく「自分は勉強が好き」「この道に行きたい」と言うので、
「自分は就職したかったが、親が大学に行けと」と話すM君は驚いていましたが・・・

いやいや、M君こそ努力の人。
それこそありえないほどの努力を重ねないと、ここまでは来れなかったはず。
 
その証拠に、M君はS君に、
3年次編入にはクラスで上位1割をキープせなあかん」
3年次編入は大変やで~」
と繰り返していました。
 
高専のクラスで上位1割をキープすること、しかも英語が足を引っ張る状態でそのポジションをキープするためには、人の何倍も努力が必要だったことでしょう。
 
 

M

『他教科はできるけど、英語だけやる気にならないんか』とずっと言われてきた。

英語にはどの科目よりも苦労してきたのに」

 
同じことは、ほかの理系ディスレクシアからも、ときどき聞きます。
 
理系科目はよくできて、発言もたくさんするのに、英語になると急に発言もしないし、課題も出さない。
理系科目と英語で、授業態度のギャップが激しすぎる。
どうやら、英語だけやる気がないらしい。
・・・と、周りから見られているのです。
 
本人の認識は、周囲の見方とは、まったく違います。
なぜ自分だけが周りのように読めないのかわからず、発言する余裕などあるはずがない。
必死にあがき、かつそれを悟られないように隠す。
その様子がなぜか「やる気がない」と周囲には映るのです。
 
はっきり言いませんでしたが、この苦しさは相当のものだったと思います。
 

    ☆  ☆
 
S君は、小学校のころから特性理解を進めてきた、合理的配慮のパイオニアです。
区立中と交渉し、​授業中のノートテイクにパソコン使用を認めてもらいました。
中学の後半は、定期試験にもパソコンを使用しました。
 
彼の場合は、戦わざるを得ないほど、読字困難も大きいものでした。
三角形ABCの「ABC」という文字を見るだけでも吐き気が出るほど、一時は文字を読むことがつらい時期もありました。

高専に進んでからも、英語の授業の後半は、保健室で休むことがあるそうです。
 
もじこ塾には、新中1の春休みから来ています。
このためフォニックスは完璧に知っているのですが、英語の文字を見ると吐き気がするレベルの困難となると、知識の定着はなかなか大変です。

うっかり負荷をかけすぎると、文字通り寝込んでしまうので、ペース配分などを慎重に見極める必要があります。
 
「今も、体調が悪い日は、文字が揺れて見えてきて、気持ち悪くなります。
頭痛や腹痛、だるさや眠気はずっとあります。
今後もずっとこうなのかと不安です」
 
彼にとって、英語を読むことはこれほどまでに激しい身体症状を伴う、本当に苦しい行為です。
 
それなのにS君は、
「英語には興味があります。なんなら読める同級生よりも関心はあると思う。
文法や語源がわかると楽しい。できるようになりたい」
と言うのです。

評定を上げて三年次編入に備えたい、それ以上に、知的好奇心ゆえに英語を知りたいと言います。
 
大学ではロボット工学やAIを学び、いずれはディスレクシアの読み困難を支援するデバイスを開発したいとのこと。
その利他的な心に、頭が下がります。
 
中学では模範的学生として表彰​。
高専でも、英語の時間に倒れたら、​​周りが肩を貸してくれるそう
(2回ほど本当に借りました」)
​​
辛い時に周りに支えてもらえるのは、ひたむきな学問欲と、圧倒的な人徳のなせるわざ。
彼を知る誰もが、その頑張りを文句なしに認めています。
 
高専1年の途中から、定期試験で、英語を追試の日程に行うという合理的配慮を受けるようになりました。
英語の試験を受けると、精根尽き果てて頭が働かなくなり、その後の試験をまともに受けられなかった彼にとって、この配慮はとても効果的だったそう。
おかげで、数学や物理で実力を出せるようになりました。
(なお、現在は手書きで答案を書いているそうです。)




    
 
十代後半を「高専」という、工学部を先取りするような環境で過ごした2人に対し、高認​※​というルートを経たN君にとって、大学受験は孤独との闘いでした。
高認:高等学校卒業程度認定試験。かつて「大検」と呼ばれていたもの。高卒と同等の資格を得ることができます。

6の授業中、机の下で両手に二進法を覚えさせていたという彼は、数の申し子。
しかし当時から、漢字の書き取りは苦手だったそう。
そして中学で英語が始まって1年ほどたつと、「クラスの音読競争でぶっちぎりに遅かった」などの困難が表面化したそうです。
 
単語が覚えられないし、それ以前に単語を読めない・・・
そんな状態で中3に入り、授業で長文を扱うようになると、英語の成績は急降下。
そのまま高校入試となり、おそらくは燃え尽きて、高1の夏休み明けから不登校に。

その後、情報工学に目覚めて再始動、​​もじこ塾とS台予備学校に通い、現役で大学生になりました。
 
CPUの開発をしたいという一念だけで受験生活を走り抜けましたが、英語を読む際のつらさ、英語が足を引っ張るつらさ、そして同年代の友人との何気ない交流がないつらさは、相当のものでした。
 
30分も英語を読み続けると、急に激しいめまいがするようで、それ以上は文字を見ても意味をとることはできません。
(didbigと読んだこともありました。)
その苦しそうな様子は、いたたまれないものがありました。
 
センター試験の英語は、200点中90点。半分もとれませんでした。
(ちなみに物理と数学2科目も90[100点満点])
第一志望は、英語が超長文のこともあり不合格で、今の大学に入学。
 
でも入学後の様子はそれはハッピーで、受験生時代にどれほどの厳しさに耐えていたか、よくわかります。
 
​大学の勉強が今は楽しくてたまらない彼ですが、情報工学の世界に進みたい以上、仕事で英語を使うこと、さらには英語資格の要件からは逃げられないと言います。
 
「英語で苦労するってわかってるのに、それでも情報工学をやりたいんや?」
M君に問われて、静かに
「うん、そうなんだ」と答えていたのが印象的でした。


 
N君​の英語の読字能力は、大学入試時点では、戦えるレベルにはなりませんでした。
なにしろ、センター試験の長文1本を、全部読むことができないのです。

しかし、たいへん驚くべきことに、​​大学入学後も、彼の英語の読み能力は少しずつ向上​しました。

英語の授業はずっと続き、論文はDeepL※を使って読み、プログラミング言語は英語。
英語を毎日使っているというのも、大きいようです。
DeepL:機械翻訳アプリ。Google翻訳をはるかに上回る、驚くほど自然な訳文が生成されます。

​これに加えて、授業の助手に入り、中1の生徒たちと一緒にフォニックスの最初の一歩から復習できたことが、思いのほか効果的だったようです。

30分読むと限界が来るのは受験生時代と変わらないようですが、30分で読める量は大幅に増えました。
 
目標をもって地道な基礎訓練を続ければ、20歳を過ぎても、読字能力はまだまだ成長を続けるらしい。
・・・そのことを私は、N君から知りました。
 
彼を見ていると、S君もM君も、正しい訓練をすれば、ちょっとずつ英語が読めるようになるだろうと、信じることができます。
 
     ☆   ☆
 
三人が「ですよね」「わかるわ~」とディスレクシアあるあるトークを繰り広げるなか、私は胸がいっぱいでした。
この人たちに英語を読ませるというのは、イルカを陸に引き揚げて「さあ走りなさい」「なんで走れないの?」と言うようなもの。
無理を要求して苦しめています。
 
この人たちは、海に放てば、ものすごく生き生きと泳げるのです。
私は残念ながら海の中の様子がわからないので、彼らの泳力のすごさを完全に知ることはできません。
でも、この人たちは海では非常に高い能力を発揮できるというリスペクトの気持ちをもって接することは、非常に大事だと思っています。
英語に向き合う時の彼らは、本来の姿ではまったくないのだと。
 
海に放てば抜群に泳げる​​人たちを​​むりやり​​陸で競わせようとするのが、昨今の英語要件です。
理系だと大学や大学院、さらには就職や昇進において、英語資格の点数が要求されるらしいのです。
 
この人たちに英語の試験という関門を課すのは、才能ある理系の人たちが出てくる道を閉ざすことであり、社会的に大変な損失です。

また、身も心も削って頑張った末に、仮に英語資格の関門を突破したとしても、本来活躍できる分野に割ける時間を英語に割いたことによる損失、「英語だけやる気のない人」と言われ続けることによる精神的苦痛・・・を考えると、こういう人たちに英語資格の点数という形で要件を課すことは、ものすごく大きなダメージを与えます。
 
もし私にものすごくお金があったら、学校を作りたいです。
その学校は全教科そろっていて、ディスレクシアの生徒たち英語で苦しむことなく、のびのびと関心を追求する環境がそろっている
一方、理系の世界は英語が必須である以上、毎日こつこつと読み訓練も続ける・・・
 
工学部ディスレクシアたちが、ポジティブな自己認識をまっすぐ持ったまま、心も体も壊さずに成長できる。
そんなルートが確保されていてほしいと、切に願います。


※イラストは、もじこ塾の教材の絵をすべて描いてくれている紺さんによるものです。

2 件のコメント:

  1. みずです。
    ご無沙汰しております。

    英語への関心は誰よりも高いっていうのは分かるなと思いながら読んでいました。何度やっても文法が分からないんですよね。なぜかというと、日本語での文法が分かっていないから。名詞が何を指すのかも、動詞が何を指すのかも、副詞も何もかも分かりません。

    今でも単語と単語をつなぎ合わせて意味を理解しています。

    めちゃくちゃな努力の仕方ですが、センター半分いかなかった私でも続けていると共通テストは8割取れるようになりました。

    これからも頑張ります。

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    1. みずさん!お久しぶりです。
      文法が腑に落ちるタイプのディスレクシアと、文法がどーしてもわからないディスレクシアがいますね。残念ながら(?!)文法が分かるタイプのほうが読字困難を補完できるのでのびやすいですが、もじこ塾には「共起表現をたくさん覚える」ことで英語力をつけようというタイプもいます。みずさんもそっち派かもしれませんね。

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