この記事は、このコメント→★へのお返事です。
「ディスレクシアは、線形感覚(言葉が順番に並んでいるという感覚)が
多かれ少なかれ、一定のレベルで不足しているらしい」
という内容です。
☆ ☆ ☆
まずは私の左右盲なエピソードから。
もう1ヶ月以上前のことになりますが、わたくし、
右折禁止のところで右折して反則切符を切られました(泣き笑い)
「ここ右折禁止なんですよ。地元の人? 看板見えませんでしたか?
けっこう大きい看板が出ているので、次に通ったときに見て下さいね」
・・・ええ、気付いてました。これですよね。
| あまりに悔しいので、再訪してきました(笑) |
冷静に考えれば、自家用車は右折禁止だと分かるのですが…
「除く」と書かれるとわちゃわちゃして、根拠のない自信が(→ADHD)
・・・このように私は、時々左右が分からなくなります。
こういう性質を「左右盲」と言うらしいことは、
コメント欄で教えて頂きました→★
地図も、一度しっかり見ておけば、頭の中にGPSが見える人ですが、
時々、東西や南北を逆に進んでしまいます。それもきれいに真逆で(汗)
私は、字は人並み以上に読める人のようですが、
ディスレクシアな子との共通点が、この「左右盲」らしいです。
☆ ☆ ☆
ディスレクシアと左右盲は、かなり深い関係があるようです。
そう指摘する本の、内容を抜粋して紹介します。
| Dehaene,
S.(2008): Reading in the Brain: The New
Science of How We Read (直訳するとスタニスラス・ドゥアンヌ「読み方の新しい科学」) 和訳はないようです。誰か訳してくれ~ |
このなかで著者は
「人間の視覚的記憶には、左右の区別が含まれていない」と言い、
例として、「この絵は正しいモナリザだろうか?」と問います:
・・・実は左右反転しています。
このように、視覚的な記憶からは左右が抜け落ちるらしいのですが、
動物においては、それがもっと進んでいるらしいのです。
「動物は左右を区別しない。
左右反転したものを同じと見なすほうが、生存に適しているから。
左向きのライオンと右向きのライオンを別物と認識していたら、食べられてしまう」
「ヒトも動物と同様、対称性を認識する力を持って生まれてくる。
だが、発達の過程でこれを「上書き(un-learn)」することで、
やがて左右を異なるものとして認識するようになる。
この力が線形感覚につながり、読字の前提となる。」
言い換えれば、
動物は左右盲であり、人間も生まれたときは左右盲だが、
成長とともに左右盲の能力を失い、
かわって、線形感覚(左から右に流れる、順番の感覚)を獲得する。
それによって、字が読めるようになる。
ということです。
著者によれば
「対称性を認識する力は、読み能力にとって邪魔」
つまり「左右盲があると、読み能力に悪影響が出る」。
で、ディスレクシアの原因のひとつに、この左右盲があると言うのです(!!)
そして、過剰な対称性=「左右盲が上書きされなかったこと」
が原因の、英語ネイティブのディスレクシアの例を紹介しています。
その方は、字、語、語順、すべてのレベルでが欠落しているそうです。
字は鏡文字、時々右から左に書く、語もsawがwasになったりする、
そして語順も、SVOがOVSになる(I play tennisがtennis play Iになる)
らしいのです・・・!
☆ ☆ ☆
言語というのは線形的なものです。
英語の場合は、
「e」という文字ひとつとっても、
左からはじめて右に進み、上に曲がって反時計回りにほぼ一周し…と、
どのような順番/向きに線を引いていくかが重要です。
語も、アルファベットが所定の順番に並ぶことで、初めてオトになります。
そして、文レベルでも、英語は語順が非常に重要です。
文の一番最初に来る名詞が主語、つまり「~が/~は」の意味になり、
次に動詞が来て、その次に来る名詞は必ず「~を/~に」の意味になります。
「~を/~に」以外の意味でつなぎたい場合は、必ず前置詞を使います。
(↑ディスレクシアな中学生には、こう説明すると腑に落ちるようです)
「ディスレクシアの原因に線形感覚の不足(左右盲)がある」ということは、
日本語に置き換えると、何を意味するのでしょうか。考えられるのは・・・
1) 鏡文字を書く。
字のレベルでの左右盲。
ディスレクシアの典型的症状?と言われます。
が、実は、大人になるとけっこう減るようです。
2)助詞が苦手。
助詞は語と語のつなぎ目です。この部分が苦手なようです。
「これまで助詞は無視してきました」と語る大人ディスレクシアに、
私はけっこう多く遭遇してきました。
いわく、助詞は
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追記:この点について、指摘を受けましたので、貼っておきます。
うーむ、確かに「オトに対して意味が大きすぎる」のような気も。
だんだん分からなくなってきた・・・
# 助詞は「オトに対して意味が小さすぎるから」について(日本語)
私は逆だと思います。「音に対して意味が大きすぎるから」です。
例えば4種類の絵から正解を選ぶ問題。「 おまわりさんが泥棒を追いかける。」これは簡単。
「泥棒がおまわりさんを追いかける。」「 おまわりさんを泥棒が追いかける。」「お巡りさんが泥棒に追いか けられる。」これはどうでしょうか。(4種類だったのは、〜 を持って、など長文だったので)
この問題は、「音→言葉」に弱い失語の人では、 間違えやすいと言われている。 「が」、「に」を判断しないといけないから。
「が」、「に」を聞き取れるかが重要なのです。
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3)文と文の「つなぎ言葉」が苦手。
「しかし」「だから」など、文と文をつなぐ言葉が苦手なケースが多いようです。
ただ、この部分は、教えれば「ああ、そういうこと!」と腑に落ちるようです。
また、「しかし」が入るべき場所に「しかし」を入れないで話してしまう人も、
空所問題で「しかし」を選ぶことは、わりとできるようです。
4)作文が苦手。ものごとを順を追って述べられない。
概念を、他人に伝わりやすい順番で並べていくのが苦手。
主語がなく、述語だけで話すので、何の話をしているのか分からない。
話が飛躍する・・・などの症状がみられます。
うちの子はこの問題がかなり大きいです。
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ここで私自身の経験を申しますと…
実はわたくし、25歳の頃(人生で一番読めなくなり、失語症というかすべての言葉が同時に出てきたがるので混乱が激しかった時期)に、「英語のつなぎ言葉(however)などに注目すると書き手の言いたいことってこんなにもよく分かるんだ!」と感動し、それがテーマの問題集まで書きました(あえてリンクは貼りません)。
この問題集は出講先の予備校の講師仲間からボロクソに言われ、某巨大掲示板では悪口のスレッドも立ち(泣)、かなり傷つきましたが、いまでは高校の教科書にも、そのとき私が使った用語がパクられています(笑)。
このとき何が分かったかというと・・・
「つなぎ言葉」をめぐる評価は、
「そこを教えてもらえると本当にありがたい!」という人たちと、
「そんなことは言うまでもなく当然。わざわざ教えるほうがおかしい」
という人たちに、二分されるということです。
私(字が非常に読める左右盲)の実感では、
つなぎ言葉への意識は、線形感覚を保つために非常に役に立っています。
なので、ディスレクシア英語学習では、
「つなぎ言葉」を意識させるような指摘が有用だと感じています。
そして、ディスレクシアな人の困り具合をはかるときに、
視読(文字を、オトにしないで直接意味を知ること)、
言語音の相対音感(オトを文字に落とし込むのに困難を覚えること)
に加え、この左右盲の3点の絶対的・相対的な強さを観察すると、
いろいろアドバイスできる…ような気がしています。
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