発達性ディスレクシア研究会の研修会に行ってきました。
久しぶりに、目が覚めるような話を聞けました!
◆マックス・コルトハート教授★は、二重経路理論という、この業界では有名な読みのモデルを提唱した方。
今日のお話は、発達性ディスレクシア(=生まれつきのディスレクシア)には7つのタイプ(!)がある、というもの。
ディスレクシアにさまざまなタイプがあることは、今日の雰囲気だと研究者の間では既定路線のようでしたが、一般にはそこまで知られていない気がします。
・「音韻性ディスレクシア」(phonological dyslexia):9割を占める。
音韻処理の苦手と関係している。
・「表層性ディスレクシア」(surface dyslexia:surfaceという言い方は、チョムスキーの「表層構造」に由来するとのこと)というタイプもある。
音韻性ディスレクシアは、漢字よりもひらがな/カタカナ(の非語)の読みが困難。
日本語は大丈夫でも、英語になると問題が出るタイプはこちら。
表層性ディスレクシアは、ひらがな・カタカナに問題がないものの、
漢字に困難を覚えるタイプとのこと。
あとで「この原因は何ですか?」と質問したところ、It's a mystery(謎です)と言っていました(!!)
漢字が覚えられない悩みは当ブログの一大テーマですが、その原因が謎だとは。。
そして、大半のディスレクシアは、複数のタイプが組み合わさっており、1つのタイプだけを持っていることはほとんどない、とのことでした。
個人的に一番驚きだったのは、ハイパーレクシアがディスレクシアの7つのタイプの1つに分類されていたこと∑( ̄0 ̄;。
ハイパーレクシアは、「読字はできても意味につなげられない人たち」と説明されていました。この人たちの治療方法は解明されていないとも。
もじこもディスレクシアらしいです!なんか嬉しい(笑)
(より正確には、これも本日何度か登場していたcompensated dyslexic=ディスレクシアゆえの不足が補完されるに至ったディスレクシアなのでしょうが)
もう一つ、はっとしたのが、
「英語力=単語を読む能力(or単語を想起する能力)」とする点について。
研究者が、ひとつの単語を見せてそれを読む能力に注目するのは、研究目的でやっていることであると、明言されていました。構文力や読解力にはあえて立ち入らないと。
アセスメント(読み能力の調査)においても、1つの単語を示してそれが読めるかを見るのは、有効なことでしょう。
でも、だからといって、ディスレクシアに英語を教えるときにも、同じアプローチを使う必要はないはずです。
研究目的でのディスレクシアへのアプローチと、ディスレクシア英語教育のためのアプローチは、違うのが当然なのです。
すごく多くの教師、さらには親が、英語力=単語想起力であるかのように考えているらしいのは、本当におかしいと私は思ってます。
要は、単語テストでひどい点数をとってきたと言って悲観的になりすぎる親や教師は多いわけですが、これは間違ってます。
英語力をのばすには、ひとつの単語をぱっと見せられて、それを声に出して読む力以外にも、ディスレクシアのタイプ分けの研究においてあえて避けているという構文や読解力などいろんな能力が関わっていて、それらを強化するアプローチは(人により到達点に差はありますが)とても有効です。
そこから、タイトルの「英語力=英単語のデコーディング能力ではない」に至るわけですが、、
もちろん、構文力や読解力を先に身につけたディスレクシアは、いよいよ本丸であるデコーディング(文字を見て音にする)力の強化と向き合うことになるわけですが。
しかしその順番は、文字/音を結びつける能力→文法→読解ではなく、同時、または逆であったっていいのではないか、というのが、わたくしの立場です。
そのほか、驚いたことを箇条書きにしておくと・・・
・「音韻性ディスレクシアには、シンセティック・フォニックス、なかでもジョリー・フォニックスが効くことが明らかになっている」と、名指しで明言されていた。
ええそうですとも~
・「フォニックスを自力で学ぶことはできない。whole word(単語をまるっと暗記)のみ学ばされていると、音韻性ディスレクシアが出る。このタイプには、シンセティック・フォニックスの効果が非常に高く出る。」
・「ブレンディングは、子供にとっては難しいことである。ブレンディングに困難を覚えること(「c/a/tを足して」と指示して「キャット」と言えるか)を、ディスレクシアの指標にするほど」
よく分かります。以前わたくし、これがすらすらとできた子を、ディスレクシアでなくてアーレンと疑ったことがありました。
・「ディスレクシアは、音韻認識の障害に限ったものではない、たしかに音韻認識の困難がもっとも一般的な症状ではあるが。それを認めない人は何かを無視している。」
・全体の要旨としては、
読むという行為にはさまざまな能力(文字を認識する、単語全体を認識する、文字を音に変換する、など)が関わっていて、どの段階でつまづいても読み困難が生まれる。一口にディスレクシアといっても、どこでつまづいているかは異なる。どの段階でつまづいているかを観察することが重要である。
また、英語を/日本語を読むというのはどのようなメカニズムで行われるのか、単純であってもモデルがなければ、読み困難を理解することは不可能だ・・・と強調しておられました。
◆タエコ・ワイデル教授のお話は、先日のLD学会の特別講演とほぼ同じでした。
ご自身が提唱されている、こちらもこの業界の専門家には有名な「粒度と透明性の仮説」★(文字⇔音対応が規則的な言語ほど、ディスレクシアの出現率は低い)、
また、日本語・英語・中国語では、脳の活性化している部位が異なることを説明して下さいました。
「音韻性ディスレクシアと表層性ディスレクシアの区別と、粒度と透明性の仮説は、どうつながりますか?」と質問したところ、「粒度/透明性の図は音韻性ディスレクシアについてのもの」とお答えいただきました。
「空書きは、日本語と中国語のネイティブに特有の現象。
イギリスの子供たち(非ディスレクシア)は、単語を何度も書いて覚えることはしない。
なぜなら、フォニックスルールを学んでいるのと、イレギュラーな単語があるということを学んでいるから」という話をされたときは、LD学会のときもそうでしたが、会場全体が「ほほ~」という雰囲気になっていました。
→ここを読んでいる英語教師と親のみなさん、英単語を覚えさせるためと言って、生徒や子供に何度も書かせるのはやめましょう!それよりもフォニックスルールと、それにあてはまらない単語があるんだと教えるほうが、よほど有益なことです。
(なお、今日の話によると、英語の1音節語の17%はフォニックスルールがあてはまらない、とのこと)
また、英語ネイティブの両親のもとに生まれ、日本の進学校に通い、
日本語の読み書きにはまったく問題がない(むしろ読書家)であるものの、英語の読み書きには激しい困難を覚え、学校で「英語を怠けている」と言われたAS君の話もされていました→★
彼は今は立派に社会人としてやっているとのことでした。
もじこ塾にも、日本語ネイティブですが、こういう英語だけ激しくできない子は複数来ています。。。
今日お話されたお二人とも、「超一流は惜しみなく与える」を体現する方々でした!
ディスレクシア専用英語塾「もじこ塾」のブログです。
●ディスレクシアとは:知能は普通だが、読み書きが苦手(読み間違いが多い、読むのが遅い、書き間違いが多い、読むと疲れやすい)という脳の特性
●全体像の把握、物事の関係性・ストーリーの把握、空間把握、ifを考えるシミュレーション能力に長ける
●読み書きの困難は、日本語より英語に出やすい
●適切に対処すれば、読みの問題は表面上は克服される
●10人に1人程度いるというのが通説
●家族性とされるが、ディスレクシアの表れ方は個人差が大きい
もじこ塾は、ディスレクシアはこれからの社会に不可欠な才能、でも日々の学習では普通と違うアプローチが必要、という立場です。
2016-11-23
2014-05-01
音声工学からディスレクシアの仕組みに迫る論文に、心の底から感動する
1月、当ブログに、あの東京大学からアクセスが集中した日がありました。
なんだろうと思い、リンク元をたどってみると、
東大工学部・峯松信明教授の「音響音声学」という授業で、
「ディスレクシアであることの利点」が参考資料にあがっていました。
峯松研究室のサイトに、
~「あ」という声を聞いて母音「あ」と同定する能力は音声言語に必要か~
という論文が置いてあったので、読んだところ・・・・
これまで読んだ「ディスレクシアの日本語と英語の出方の差」を説明している
どの論文よりも、激しく腑に落ちるものでした!!

(←『ビヨンド・エジソン』という本に、
同じ内容がより一般向けに書かれています。)
峯松論文では、まず音楽の「絶対音感」と「相対音感」の違いを説明します。
絶対音感者とは、どんな音を聞いても、音程がわかる人です・・・①
音楽を聴いて譜面に起こすことができる人です。
こういう人たちは、音を流れとしてではなく、孤立的にしかとらえられません(その証拠に、絶対音感がある人は、カラオケで転調されるとわけがわからなくなります。私がそうですが)
一方、相対音感者というのは、音楽の一節を聴いて、譜面には起こせないものの、そのフレーズを歌って再現できる人たちです。
この人たちには、
「チューリップ」の出だしを聴いて、
それが何長調のチューリップであろうと「『ドレミ~ドレミ~ソミレドレミレ~』だね」と言える人・・・②と、
音階は一切言えないけど、聴いた音楽のフレーズを歌って再現できる人・・・③がいます。
②③とも、音の「関係」を正しく把握しています。
なかでも③は、音同士の関係だけ把握していて、その音が何かはわかりません。
確認ですが、
①の人は聴いたものから完全に楽譜が書けます。
②の人は転調が必要でしょうが、高低差の関係は正しい楽譜が書けます。
③の人は、音楽のフレーズを聴いても音階は分からないので、楽譜は書けません。
ただし、聴いたフレーズを再現することは問題なくできます。
峯松論文ではここで、大転換をします。
絶対音感とvs相対音感を、話し言葉の理解に応用するのです。
つまり、
①言葉の音を、あくまで一つひとつ、孤立的にとらえる人。
②言葉の音を、前後の音との関係でとらえ、文字にできる人。
③言葉の音を、関係によってしか把握できないので、文字にできない人。
がいるはずだと指摘するのです。
②が普通の人、③がディスレクシアです。
ちなみに、①は自閉症です。
峯松先生はこの仮説を立てた時点では、
③のような人が実在することを知らなかったそうで、
そういう人がいないかと知り合いの言語聴覚士にたずね、
「それってまさにディスレクシアのことですよね」
と言われて初めてディスレクシアの存在を知り、ものすごく驚いたそうです。
しかも、そういう人は日本語話者よりも英語圏に多いはず、なぜなら
いや~~~、この説明は、本当に本当に目からうろこでした。
いろんなディスレクシアの勉強会に潜入してきましたが、
ディスレクシアが日本語よりも英語ででやすい理由の説明は、たいてい
「granularity(粒度・音の単位の大きさ)」と
「transparency(透明性・音と文字の対応)」で説明されています。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/10384738
わかるようなわからないような・・・
「音と文字の対応が低い言語ほど、ディスレクシアが出やすい」
というのはわかるのですが、それだけでは納得しがたいものがあります。
というのも、うちのやつが一番読むのに苦労しているのは、
漢字よりも、ひらがなやカタカナが長く続く時だからです。
でも、ひらがなやカタカナの透明性は高いですよね・・・もやもや。
それを!
「母音の数が増えると、母音同士の重なりが増える。
そういう言語は、音どうしの関係性(だけ)で音声言語を把握しようとしている人=ディスレクシアにはつらいはず」
と論じたのは、実に鮮やかです!!
☆ ☆ ☆
で、途中は省略しますが、
今年度の音響音声学の授業を受けさせて頂いてます。
峯松先生は、超一流の研究者です!
(ご自身は「技術屋」と自称してますが。)
研究者にせよ技術者にせよ、
「超一流は惜しみなく与える」ことを知りました。
厳しいですが思い切って言いましょう。
「出し惜しみする人は、一流とは言えない!!」
感動語録は着々と蓄積中。
「ことばのデフォルトは文字ではなくて、音である」
「脳まで行かなくても、音のからくりから、言葉について説明できることはたくさんある」
などなど。
とはいえ、感動するだけなら幼稚園児でもできる(×_×;)と、釘を刺されています。
「技術屋はインフラを作ることを目標にしないといけない。
どんな人でも、おばあちゃんでも、使えるようなものを」。
感動するだけでも、論文を書くだけでもだめで、万人が使えるところまで目指すもんだと言われました。かっこいい・・・
「言語学の研究者は、語ゲシュタルトという言葉ひとつとっても、きちんと定義していない。
定義してくれれば、技術屋はそれを形にするのに」
「自分は野に出ることはできないので、この技術を現場で生かしてほしい」
はい!私は教育産業で働く者として、またディスレクシア児の親として、
授業で学んだことをディスレクシア教育実践の形にできるよう、頑張ります!
なんだろうと思い、リンク元をたどってみると、
東大工学部・峯松信明教授の「音響音声学」という授業で、
「ディスレクシアであることの利点」が参考資料にあがっていました。
峯松研究室のサイトに、
~「あ」という声を聞いて母音「あ」と同定する能力は音声言語に必要か~
という論文が置いてあったので、読んだところ・・・・
これまで読んだ「ディスレクシアの日本語と英語の出方の差」を説明している
どの論文よりも、激しく腑に落ちるものでした!!
(←『ビヨンド・エジソン』という本に、
同じ内容がより一般向けに書かれています。)
峯松論文では、まず音楽の「絶対音感」と「相対音感」の違いを説明します。
絶対音感者とは、どんな音を聞いても、音程がわかる人です・・・①
音楽を聴いて譜面に起こすことができる人です。
こういう人たちは、音を流れとしてではなく、孤立的にしかとらえられません(その証拠に、絶対音感がある人は、カラオケで転調されるとわけがわからなくなります。私がそうですが)
一方、相対音感者というのは、音楽の一節を聴いて、譜面には起こせないものの、そのフレーズを歌って再現できる人たちです。
この人たちには、
「チューリップ」の出だしを聴いて、
それが何長調のチューリップであろうと「『ドレミ~ドレミ~ソミレドレミレ~』だね」と言える人・・・②と、
音階は一切言えないけど、聴いた音楽のフレーズを歌って再現できる人・・・③がいます。
②③とも、音の「関係」を正しく把握しています。
なかでも③は、音同士の関係だけ把握していて、その音が何かはわかりません。
確認ですが、
①の人は聴いたものから完全に楽譜が書けます。
②の人は転調が必要でしょうが、高低差の関係は正しい楽譜が書けます。
③の人は、音楽のフレーズを聴いても音階は分からないので、楽譜は書けません。
ただし、聴いたフレーズを再現することは問題なくできます。
峯松論文ではここで、大転換をします。
絶対音感とvs相対音感を、話し言葉の理解に応用するのです。
つまり、
①言葉の音を、あくまで一つひとつ、孤立的にとらえる人。
②言葉の音を、前後の音との関係でとらえ、文字にできる人。
③言葉の音を、関係によってしか把握できないので、文字にできない人。
がいるはずだと指摘するのです。
②が普通の人、③がディスレクシアです。
ちなみに、①は自閉症です。
峯松先生はこの仮説を立てた時点では、
③のような人が実在することを知らなかったそうで、
「音声言語は流暢だし雄弁。頭は良いのかもしれない。でもなぜか本が読めない、手紙が書けない・・・教育を受けていないとか、そういうことでなく、彼らの認知特性として文字言語が何故か難しい」、
そういう人がいないかと知り合いの言語聴覚士にたずね、
「それってまさにディスレクシアのことですよね」
と言われて初めてディスレクシアの存在を知り、ものすごく驚いたそうです。
しかも、そういう人は日本語話者よりも英語圏に多いはず、なぜなら
相対音感度が高い方々・・・は日本語やイタリア語などの母音数が少ない言語よりも、英語のように母音数が多い言語に頻繁にみられるはずである。何故なら図1を見れば分かるように、母音数が増えると、母音間の重なりが増えるからである。音声コミュニケーションにおいて絶対量を使い難くなるからである。(~「あ」という声を聞いて母音「あ」と同定する能力は音声言語に必要か~より。図1はリンク先でご覧下さい。強調は引用者)
いや~~~、この説明は、本当に本当に目からうろこでした。
いろんなディスレクシアの勉強会に潜入してきましたが、
ディスレクシアが日本語よりも英語ででやすい理由の説明は、たいてい
「granularity(粒度・音の単位の大きさ)」と
「transparency(透明性・音と文字の対応)」で説明されています。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/10384738
わかるようなわからないような・・・
「音と文字の対応が低い言語ほど、ディスレクシアが出やすい」
というのはわかるのですが、それだけでは納得しがたいものがあります。
というのも、うちのやつが一番読むのに苦労しているのは、
漢字よりも、ひらがなやカタカナが長く続く時だからです。
でも、ひらがなやカタカナの透明性は高いですよね・・・もやもや。
それを!
「母音の数が増えると、母音同士の重なりが増える。
そういう言語は、音どうしの関係性(だけ)で音声言語を把握しようとしている人=ディスレクシアにはつらいはず」
と論じたのは、実に鮮やかです!!
☆ ☆ ☆
で、途中は省略しますが、
今年度の音響音声学の授業を受けさせて頂いてます。
峯松先生は、超一流の研究者です!
(ご自身は「技術屋」と自称してますが。)
研究者にせよ技術者にせよ、
「超一流は惜しみなく与える」ことを知りました。
厳しいですが思い切って言いましょう。
「出し惜しみする人は、一流とは言えない!!」
感動語録は着々と蓄積中。
「ことばのデフォルトは文字ではなくて、音である」
「脳まで行かなくても、音のからくりから、言葉について説明できることはたくさんある」
などなど。
とはいえ、感動するだけなら幼稚園児でもできる(×_×;)と、釘を刺されています。
「技術屋はインフラを作ることを目標にしないといけない。
どんな人でも、おばあちゃんでも、使えるようなものを」。
感動するだけでも、論文を書くだけでもだめで、万人が使えるところまで目指すもんだと言われました。かっこいい・・・
「言語学の研究者は、語ゲシュタルトという言葉ひとつとっても、きちんと定義していない。
定義してくれれば、技術屋はそれを形にするのに」
「自分は野に出ることはできないので、この技術を現場で生かしてほしい」
はい!私は教育産業で働く者として、またディスレクシア児の親として、
授業で学んだことをディスレクシア教育実践の形にできるよう、頑張ります!
2013-10-14
LD学会2日目
バーゲン会場のような人出!3000人は来場しているとのこと。
今日も印象的な言葉を書いておきます。
日本におけるディスレクシア英語指導法研究は、まだこれから。
→そういうことらしいです。
個々の教員・講師が手探りで個別対応しているにとどまっており、
日本語ネイティブへのディスレクシア英語指導研究は、
小・中・高どのレベルにおいても、まだまとまったものはないようです。
私が知らないだけじゃなかったとは!
ディスレクシアの子が中~高の英語学習で直面する困難さから逆算すると、
小学校の外国語指導では「音韻認識」※を積極的に教えるべき。
(※音をつなげて語にする・語を分解して音にする)
文字を教えるのは後回しでいい。
でも、音韻認識という概念がまだ教育現場に浸透していない。
(私も試行錯誤中です…)
一方で、
単語を部品(stem)に分けて教えると入る、
本人の希望進路・興味がある分野に関係する語彙から教えるとすとんと入る子もいる、
電子辞書やSiri(音声入力)をどんどん使うべき、
という指摘もありました。
大学入試センター試験で、発達障害・学習障害の生徒を対象に、
1.3倍の時間延長が認められるようになった。
ただし、医師の診断書と、在籍高校の意見書が必要。
→現在、高校が意見書を作成するためのベースとなる、
「高校生向けLDスクリーニング」を開発中なのだそうです。
その素案に対し、当事者という青年が質問に立ち、
「自分のできなさの感覚とずれている」といった趣旨の発言をしていました。
また、別の人から「高校生になると、いろんな問題が混ざってくる」という意見も出ていました。
私は・・・ディスレクシアかもと思う生徒達を思い浮かべながら、聞いていました。
「なんか英語が読めなくてつらい」と感じているあの生徒たちは、
スクリーニングを受けたいと思うだろうか?と。
何か、よほどうまい説得方法が必要な気がします。
高校生にもなれば、「苦手を隠したい」「何らかの方法で苦手をカバーできるなら検査は回避したい」「その検査は就活に不利にならないのか」くらいのことは考えるでしょう。
「受験勉強で忙しくてそんな検査を受けているひまはない」
「自分は単なる努力不足であって学習障害ではない」
と言い張る子もいそうです。
確かに、小学生のように素直にはいかなさそうです。
また、私の生徒には「隠れディスレクシア」、
つまり高度な推測力で字の苦手をカバーしていそうな子がかなりいます。
(この言葉はLD界ではあまり知られていない概念のようです。)
そういう子たちは、この検査に引っかからないだろうとも思いました。
もし配慮を受けられれば、1~2ランク上の大学に入れるでしょうが・・・
あと、小学生の頃からディスレクシア的特性を踏まえた学習を続けてきた場合も、
この検査に引っかからないかもしれません。
高校生向けの簡便なディスレクシア検査によって、
ディスレクシアだと明らかになる人もいるとは思います。が、
やっぱり小学生とは違って高校生に関しては、
検査がディスレクシアを洗い出す唯一の手段だと期待してはいけないと思います。
(検査を絶対視する傾向は検査作成者よりもむしろ、教師や親に多そうです。)
今日も印象的な言葉を書いておきます。
日本におけるディスレクシア英語指導法研究は、まだこれから。
→そういうことらしいです。
個々の教員・講師が手探りで個別対応しているにとどまっており、
日本語ネイティブへのディスレクシア英語指導研究は、
小・中・高どのレベルにおいても、まだまとまったものはないようです。
私が知らないだけじゃなかったとは!
ディスレクシアの子が中~高の英語学習で直面する困難さから逆算すると、
小学校の外国語指導では「音韻認識」※を積極的に教えるべき。
(※音をつなげて語にする・語を分解して音にする)
文字を教えるのは後回しでいい。
でも、音韻認識という概念がまだ教育現場に浸透していない。
(私も試行錯誤中です…)
一方で、
単語を部品(stem)に分けて教えると入る、
本人の希望進路・興味がある分野に関係する語彙から教えるとすとんと入る子もいる、
電子辞書やSiri(音声入力)をどんどん使うべき、
という指摘もありました。
大学入試センター試験で、発達障害・学習障害の生徒を対象に、
1.3倍の時間延長が認められるようになった。
ただし、医師の診断書と、在籍高校の意見書が必要。
→現在、高校が意見書を作成するためのベースとなる、
「高校生向けLDスクリーニング」を開発中なのだそうです。
その素案に対し、当事者という青年が質問に立ち、
「自分のできなさの感覚とずれている」といった趣旨の発言をしていました。
また、別の人から「高校生になると、いろんな問題が混ざってくる」という意見も出ていました。
私は・・・ディスレクシアかもと思う生徒達を思い浮かべながら、聞いていました。
「なんか英語が読めなくてつらい」と感じているあの生徒たちは、
スクリーニングを受けたいと思うだろうか?と。
何か、よほどうまい説得方法が必要な気がします。
高校生にもなれば、「苦手を隠したい」「何らかの方法で苦手をカバーできるなら検査は回避したい」「その検査は就活に不利にならないのか」くらいのことは考えるでしょう。
「受験勉強で忙しくてそんな検査を受けているひまはない」
「自分は単なる努力不足であって学習障害ではない」
と言い張る子もいそうです。
確かに、小学生のように素直にはいかなさそうです。
また、私の生徒には「隠れディスレクシア」、
つまり高度な推測力で字の苦手をカバーしていそうな子がかなりいます。
(この言葉はLD界ではあまり知られていない概念のようです。)
そういう子たちは、この検査に引っかからないだろうとも思いました。
もし配慮を受けられれば、1~2ランク上の大学に入れるでしょうが・・・
あと、小学生の頃からディスレクシア的特性を踏まえた学習を続けてきた場合も、
この検査に引っかからないかもしれません。
高校生向けの簡便なディスレクシア検査によって、
ディスレクシアだと明らかになる人もいるとは思います。が、
やっぱり小学生とは違って高校生に関しては、
検査がディスレクシアを洗い出す唯一の手段だと期待してはいけないと思います。
(検査を絶対視する傾向は検査作成者よりもむしろ、教師や親に多そうです。)
2013-10-13
LD学会1日目
この三連休は、日本LD学会に潜入しています!
(ちなみに、9000円を払えば誰でも会場内に入れます。
私は、所属欄が空白の名札で潜入してます。)
本日は偉い先生方の講演のみ。
印象的な言葉をまとめておきます。
「特別支援教育という味付けにより、教育が変わりつつある。
予想を越える大きな変革を、教育全体に及ぼしつつあるのかもしれない」
(大会会長講演より)
→ちょっと驚きました。
私にとっては、ディスレクシア問題は最初からずっと、
「子の学力不振をどうするか」ではなく、
「教育や社会をどう変えるべきか」という問題でした。
野心的すぎるかもしれませんが。
実は、教育学者や教員にとって、
教育の前提を疑うのは一番難しいことかもしれません。
自分たちの存在理由を否定することになりかねないので。
「LD学会は教師・親・専門家の団体。設立当初から親を入れてきた。
設立当初は、学術会議?から
『親を入れることは学会のレベルを下げることになる』
という批判もあった。
だが米国では、すべてのLD研究は親が先頭に立ってきた。
親の必死の願いに専門家はどう応えるか。これを忘れてはならない。
だからこそLD学会には必ず親の発表がある」
(理事長講演・上野一彦先生)
→「親を入れることは学会のレベルを下げる」
で一瞬会場がしんとなりました。
でもほんとにそうです。親をなめちゃいけません。
これまでいくつかの研究会に潜入しましたが、
論文の数合わせのような研究、
データをこねくりまわしただけの研究もけっこうありました。
そういう研究に対しては、
「ディスレクシアの子を何だと思ってるんだ」と言いたいです。
ディスレクシア児は論文のためのモルモットではありません。
1年でも1学期でも早く、学校や教師に変わってほしいと切実に願っています。
そんな親の気持ちに応えられない研究はだめです。
「我々(会場にいる研究者・官僚は)は産業化モデルの学校の成功者。
そこを根底から見据えないと、学校を根底から直すことはできない」
(特別講演・Naoko Richters先生)
→ここでも、会場の空気が一瞬しんとなりました。
「教育はどう変わるべきか」を問わず、
ただ「学校の勉強にどうしたらついていけるか」
しか考えないディスレクシア教育は無意味。
上から目線のディスレクシア対応はいらない。
心の底からそう思います。
かつて、学校の目的は均質な国民(納税者や兵士)を作ることでしたが、
「脱産業化」により、学校に求められるものは変わりつつあります。
ディスレクシアの子は、古い学校制度からいち早く「おりる」ことのできた
ラッキーな存在とも言えます。
----
ディスレクシア界の主な研究者が全員集合しているので、
明日からの発表も楽しみです。
(ちなみに、9000円を払えば誰でも会場内に入れます。
私は、所属欄が空白の名札で潜入してます。)
本日は偉い先生方の講演のみ。
印象的な言葉をまとめておきます。
「特別支援教育という味付けにより、教育が変わりつつある。
予想を越える大きな変革を、教育全体に及ぼしつつあるのかもしれない」
(大会会長講演より)
→ちょっと驚きました。
私にとっては、ディスレクシア問題は最初からずっと、
「子の学力不振をどうするか」ではなく、
「教育や社会をどう変えるべきか」という問題でした。
野心的すぎるかもしれませんが。
実は、教育学者や教員にとって、
教育の前提を疑うのは一番難しいことかもしれません。
自分たちの存在理由を否定することになりかねないので。
「LD学会は教師・親・専門家の団体。設立当初から親を入れてきた。
設立当初は、学術会議?から
『親を入れることは学会のレベルを下げることになる』
という批判もあった。
だが米国では、すべてのLD研究は親が先頭に立ってきた。
親の必死の願いに専門家はどう応えるか。これを忘れてはならない。
だからこそLD学会には必ず親の発表がある」
(理事長講演・上野一彦先生)
→「親を入れることは学会のレベルを下げる」
で一瞬会場がしんとなりました。
でもほんとにそうです。親をなめちゃいけません。
これまでいくつかの研究会に潜入しましたが、
論文の数合わせのような研究、
データをこねくりまわしただけの研究もけっこうありました。
そういう研究に対しては、
「ディスレクシアの子を何だと思ってるんだ」と言いたいです。
ディスレクシア児は論文のためのモルモットではありません。
1年でも1学期でも早く、学校や教師に変わってほしいと切実に願っています。
そんな親の気持ちに応えられない研究はだめです。
「我々(会場にいる研究者・官僚は)は産業化モデルの学校の成功者。
そこを根底から見据えないと、学校を根底から直すことはできない」
(特別講演・Naoko Richters先生)
→ここでも、会場の空気が一瞬しんとなりました。
「教育はどう変わるべきか」を問わず、
ただ「学校の勉強にどうしたらついていけるか」
しか考えないディスレクシア教育は無意味。
上から目線のディスレクシア対応はいらない。
心の底からそう思います。
かつて、学校の目的は均質な国民(納税者や兵士)を作ることでしたが、
「脱産業化」により、学校に求められるものは変わりつつあります。
ディスレクシアの子は、古い学校制度からいち早く「おりる」ことのできた
ラッキーな存在とも言えます。
----
ディスレクシア界の主な研究者が全員集合しているので、
明日からの発表も楽しみです。
2013-09-12
台湾語ディスレクシアから日本語ディスレクシアを考える
台湾の国営雑誌「台湾光華雑誌」のサイトに、台湾語ディスレクシアの話がありました。
国民的トップ歌手がディスレクシアを告白、
ディスレクシアの子が味わう苦労の数々、
得意を見つけてそれを伸ばすことの重要性、
小説を書くことが得意だと分かったディスレクシアの少女の話、
リー・クアンユー元首相のディスレクシア的エピソード、
「人間の脳はもともと読むために作られていない」(『プルーストとイカ』)
・・・とても読み応えのある記事です。
以下、この記事から連想したことを、つらつらとまとめてみました。
☆ ☆ ☆
台湾の国民的トップ歌手、蕭敬騰は、憂いのあるイケメンでした。
Jam's Official Channel
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つまり、ピンインの代わり、カタカナの台湾バージョンのようです。
「せ」と書いてêと読む、「さ」と書いてeと読む、この混乱してむしゃくしゃした感じこそが、What is Dyslexia?の動画にも出てくる「オトを脳内で操作するのが苦手」、日々ディスレクシアが味わっている苦労なのでしょう。
要約の訳
~~~
識字障害を理解する
ディスレクシアの子が味わう苦労の数々、
得意を見つけてそれを伸ばすことの重要性、
小説を書くことが得意だと分かったディスレクシアの少女の話、
リー・クアンユー元首相のディスレクシア的エピソード、
「人間の脳はもともと読むために作られていない」(『プルーストとイカ』)
・・・とても読み応えのある記事です。
以下、この記事から連想したことを、つらつらとまとめてみました。
☆ ☆ ☆
台湾の国民的トップ歌手、蕭敬騰は、憂いのあるイケメンでした。
Jam's Official Channel
「悪い見本です」「よく勉強しなかったことを後悔しています」と、蕭敬騰はテレビのインタビューで喉を詰まらせながら語った。レコード会社やマネージャーによれば、彼は自分についての報道も写真を見るだけだし、CM撮影の台詞は誰かが何度も読み聞かせて覚える。まさに、台湾版トム・クルーズですね。。
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台湾のディスレクシア教育の議論は、日本よりも進んでいるかもしれません:
「虫歯や視力の検査を定期的にやるように、基本読解能力試験も定期的に行うべきで、こうした小さなことが10数万人の児童を救います」小学3年までの黄金期を逃さず、彼らの適性や才能に合わせた学習方法をできるだけ早く確立すべきだと、洪教授は言う。
ポイントは、低学年時に基本的な識字能力を身につけること。中高学年では自分に適した学習方法を確立する(絵を活用する、文章の重点を把握する練習を積むなど)。中学生になれば、教師が宿題や評価の方法を変えたり、生徒の得意分野の発展を促すことなどが有効だ。
→低学年でスクリーニングを行い、中学年以降は適性にあった学習方法を確立。中学生になったら得意に注力。日本もそうあるべきです。
うちも、小1のときの担任から「字形が取れない」「ひらがなが書けない」と厳しい口調で指摘されていました。
「おうちの人がしっかり見て下さいね」、つまり親の躾の問題と言われていました。
なので、当時はずいぶん厳しく叱って、夜遅くまで書き取りをさせていました(T_T)
もし、1年生全員などを対象にしたディスレクシア検査があれば、親の躾や練習不足の問題とされることもなく、子供を意味なく追い詰めることもなかったのに…と思います。子は今でも当時厳しく叱られたことに傷ついています。
鳥取県で発達障害児の5歳児検診が行われているようですが、全国に広まってほしいです。
うちも、小1のときの担任から「字形が取れない」「ひらがなが書けない」と厳しい口調で指摘されていました。
「おうちの人がしっかり見て下さいね」、つまり親の躾の問題と言われていました。
なので、当時はずいぶん厳しく叱って、夜遅くまで書き取りをさせていました(T_T)
もし、1年生全員などを対象にしたディスレクシア検査があれば、親の躾や練習不足の問題とされることもなく、子供を意味なく追い詰めることもなかったのに…と思います。子は今でも当時厳しく叱られたことに傷ついています。
鳥取県で発達障害児の5歳児検診が行われているようですが、全国に広まってほしいです。
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アレンは小4までは成績もよかった。小1の時は注音符号(中国語の表音文字。漢字習得前に学ぶ)の試験で96点を取ったし、その後のテストも各教科平均80点ほどだった。だが字の書き間違いが多く、母親は少し変だと感じていた。
→注音符号について調べてみました(wikipediaより抜粋)
1918年、中華民国の教育部(文部省)が、日本語のカタカナにならって、読む音を注記するために公布した。今は主に台湾(中華民国)で使用・奨励されている。中国(中華人民共和国)やシンガポールでは廃止され、ピンインを使用している。
つまり、ピンインの代わり、カタカナの台湾バージョンのようです。
注音符号
どーしても「Y」「さ」「せ」「ム」に見えます。。。
それぞれa、e、ê、sらしいです。
「せ」と書いてêと読む、「さ」と書いてeと読む、この混乱してむしゃくしゃした感じこそが、What is Dyslexia?の動画にも出てくる「オトを脳内で操作するのが苦手」、日々ディスレクシアが味わっている苦労なのでしょう。
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「注音符号ならまだなんとかなる」について調べていて、Cell誌の2009年の論文に行き当たりました。
中国語ディスレクシア児は、視空間処理の欠陥と音韻処理の欠陥の併存によって特徴づけられる
原文→こちら
要約の訳
発達性ディスレクシアは、「適切な知能と通常の学校教育を受けてもなお読み技術を取得する能力が著しく減損していること」を特徴とする神経学的状態である。英語の読み手にとっては、読み能力の減損は、音韻処理障害と臨界的に関連している。音韻処理障害と形態処理(orthographic processing、目に見える語の形の処理)の欠陥を併発する場合があるが、ほとんどのディスレクシアでは視覚処理全般の障害は見られない。
ディスレクシアの病態生理学は文化によって異なる。例えば、英語と異なり中国語の書き言葉は、漢字という視覚的に緻密なかたちをさまざまな意味と結びつける。
このため、中国語の漢字の発音は機械的に暗記しなければならない。
これは、中国語では粒度の高い視空間分析を経なければ、漢字の音と意味を呼び起こすことができないことを示唆している。
このため、中国語ディスレクシアの場合、音韻処理の障害と視空間処理の異常が併存する場合がよく見られる可能性がある。
この仮説を検証するため、中国語ディレクシアの人12名にfMRIを行った。12名は音韻障害を呈することがすでに判明している。視空間を計測する物理的寸法の判断を行った。
個人成績を検証した結果、中国語ディスレクシアは視空間的な欠陥と音韻障害(phonological disorder)の共存を伴うことが一般的であることが示唆される。
中国人ディスレクシアの脳と、アメリカ人ディスレクシアの脳に、生まれながらにして違いがあるとは思えません。
つまり、ディスレクシアというのは、母語を問わず、視空間処理の欠陥と音韻処理の欠陥が併存している、と考えるのが妥当ではないでしょうか?
視空間処理の欠陥と音韻処理の欠陥の出方が、人それぞれ非常に違うということで。
そういう点で、時々みられる「視覚優位型」「聴覚優位型」という区分は、ちょっと語弊があるのかもしれません。
「視覚優位型ディスレクシア」とは「聴覚処理が損なわれることで、正常な視覚処理能力がより研ぎ澄まされたディスレクシア」ではなく、
一見すると「視覚優位」に見えているディスレクシアも、視覚処理になんらかの問題を抱えていて、でもそれが普通の人より「能力が高い」という形で表面化しているのかもしれません。
あと、漢字に関しては、中国語より日本語のほうが難しいです!
中国語の漢字は1文字1音対応ですが、日本語は音読みやら訓読みやらあって、音に関してはさらにハードルが高いです。
一方、漢字は意味をイメージで理解できる部分もあります。うちの子は「殺」を「死ねって意味だよね…」と言ったりします。
「音にはできなくてもなんとなく意味はわかる」漢字がかなりあるようです。
最近「いったい、ディスレクシアにとって、本当に漢字のほうがひらがなよりも難しいと言えるのだろうか? 実はひらがなには独自の難しさがあるのではないか?」などと考えています。
この話はまたの機会に…。
2013-08-17
漢字の扌(てへん)を処理する際の脳の活性化について
Scientists study brain activation when processing Chinese hand-radicals
を訳してみました。原文はこちら
漢字の扌(てへん)を処理する際の脳の活性化について
2013/08/09
前頭葉運動前野(frontal pre-motor areas)に損傷のある患者を対象としたいくつかの研究によって、運動理解の欠陥が特定された。
また脳画像研究により、関連した意味論的意味を持つ複数の語の読みにまつわる作業の認識・行動に関連する脳部位が活性化することが明らかになった。
たとえば、「蹴る(kick)」「つまむ(pick)」、「なめる(lick)」といった動作動詞を受身的に読むだけで、感覚運動野のなかでもそれぞれ脚・手・顔に関連する部位を活性化させることが明らかになった。
漢字とその偏(へん)の意味論的処理を調べるため、Quig-Lin Wu率いる国立台湾師範大学のチームは、よく使われる72個の漢字を「扌(てへん)がつく、手の動作を表す漢字」「扌がつかない、手の動作を表す漢字」「扌がつく、手の動作を表さない漢字」「扌がつかない、手の動作を表さない漢字」に分類した。
21~30歳の健康な被験者28名にこれらの漢字を読んでもらいながらMRIを実施した。
扌のつかない漢字を読む最中より、扌がつく漢字を読む最中のほうが、右中前頭回が活性化された。
この発見は、身体運動意味論(embodied semantics theory)と合致しており、偏の神経情報表現が漢字の処理には不可欠であることを示唆している可能性がある。
Qing-Lin Wuのチームによるこの研究(Neural
Regeneration Research (Vol. 8, No. 20, 2013)に発表)は、中国語の読み処理の根底にあるプロセスを理解する一助となるものであり、ディスレクシア治療法の開発に資するところがある可能性がある。
2013-05-16
ディスレクシアの子に対応する向国実践QA
最近、教員向け雑誌でディスレクシア指導が急に取り上げられている気がします。
ディスレクシアの子に対応する向国実践QA
という連載を見つけてオンラインで購入してみました。
小野隆行先生という、岡山県の小学校の先生の隔月連載です。
「向国」とは向山型国語教え方教室
という教室と雑誌の略称のようです。
「向山型」はこのあたりの本でもよく登場してました。
以下、自分のためにレジュメにしてみました。
目次
第1回 音読カードを使った家庭での宿題は害になる
第2回 ディスクレシアの子にやってはいけないNG指導 どの教室でも見られるエラーラーニングと過度な漢字練習
第3回 LD・ディスレクシアの可能性のある子を全校で調査する
第4回 音読が極端に苦手な子にどのように指導するか
第5回 教師は教材についてもっと学ばなければならない
第6回 ドクター,専門家が示す教育界の非常識
1)
ディスレクシアの子に音読カード※を使った家庭での音読指導は害にしかならない
(※「大きい声で読めたか」「間違えずに読めたか」「気持ちを込めて読めたか」「何回読んだか」を毎日チェックする)。
一度に長く読ませてはならない
→ほんとそうです!うちの例だと、音読は意味が分からなくなるらしく、嫌々やってました。
飛ばし読み、微妙に表現を変える、漢字の読み方があやしい、
などで、意味まで頭が回らないようです。
そんな状態で「気持ちを込めて読む」なんて絶対無理。
(そもそも、そういう欺瞞的なことにひときわ敏感で、泣いて拒否します)
傍から見てどれだけ音読が嫌なのか分かってからは、
音読の宿題は1ページでOKということにしました。
2)
「エラーラーニング」(間違った音読を反復させる)、漢字の過度の繰り返し練習は×
→間違った状態での音読をエラーラーニングと言うなら、
ディスレクシアでなくてもエラーラーニングは害だと思います。
英語でそれをやると、大学受験の頃には発音問題が解けなくなります
(そして、そういう生徒のほうが現実には多いくらいです。
この背景には英文読解の復習法としての音読が過大評価されており、
「正しい発音での」音読がなおざりにされている点があります。
でも話がそれるのでこの辺で)。
漢字の過度の繰り返しは、
私も、子のディスレクシアが判明する前に強制していて、
最も反省していることのひとつです。
「10回書いてだめなら20回書きなさい」は、ディスレクシアにはトラウマにしかなりません。
現時点で、子の漢字学習に最も効いていると思うのは
1位 ディスレクシアの大学生に家庭教師をしてもらう
(共感、安心、ロールモデルを得る)
2位 正しい方法で勉強すれば100点取れるという成功体験
3位 ホワイトボードに書く
(体を大きめに使って1回書くほうが、鉛筆で10回書くより効果的)
4位 iPad「ゆびドリル」
(ただ、5年生になってからは、ほとんど使ってません)
3)
全校生徒の視写力を計測することでワーキングメモリの力を測り、発達障害の中でも目立たない子の存在を掘り起こすことができる
→とりあえず、「うつしまるくん」を注文しました。
届いたのは「うつしまるくん」を使った授業実践例でしたorz。「うつしまるくん」は学校でしか買えない教材らしいです。
4)
音読の苦手な子にどう(音読を?)指導するか。
→この連載では、特に視覚の問題にフォーカスしていますが、
音読が苦手なのは視覚以外にも聴覚や脳の特定部位などさまざまな問題がありますし、
また視覚的問題もさらに細分化でき、それは「解決策のパズルの1ピースにはなり得ても、指導・回復・医療的介入の必要性に取って代わるものではない」
というのが、アメリカでの認識のようです。
ディスレクシアの原因はかなり多彩で、指導方法もひとつではないようです。
5)
学校の教材のなかには”雑音”(かわいいキャラクターなど)が多すぎて、学習障害者の指導に不適切なものが多すぎる
→おおむね同意。某通信添削教材などは余計な情報がごちゃごちゃと多くて
子にはつらそうです。
いっぽう、挿絵は、明らかに読解のヒントになっています。
ディスレクシアの子に対応する向国実践QA
という連載を見つけてオンラインで購入してみました。
小野隆行先生という、岡山県の小学校の先生の隔月連載です。
「向国」とは向山型国語教え方教室
という教室と雑誌の略称のようです。
「向山型」はこのあたりの本でもよく登場してました。
以下、自分のためにレジュメにしてみました。
目次
第1回 音読カードを使った家庭での宿題は害になる
第2回 ディスクレシアの子にやってはいけないNG指導 どの教室でも見られるエラーラーニングと過度な漢字練習
第3回 LD・ディスレクシアの可能性のある子を全校で調査する
第4回 音読が極端に苦手な子にどのように指導するか
第5回 教師は教材についてもっと学ばなければならない
第6回 ドクター,専門家が示す教育界の非常識
1)
ディスレクシアの子に音読カード※を使った家庭での音読指導は害にしかならない
(※「大きい声で読めたか」「間違えずに読めたか」「気持ちを込めて読めたか」「何回読んだか」を毎日チェックする)。
一度に長く読ませてはならない
→ほんとそうです!うちの例だと、音読は意味が分からなくなるらしく、嫌々やってました。
飛ばし読み、微妙に表現を変える、漢字の読み方があやしい、
などで、意味まで頭が回らないようです。
そんな状態で「気持ちを込めて読む」なんて絶対無理。
(そもそも、そういう欺瞞的なことにひときわ敏感で、泣いて拒否します)
傍から見てどれだけ音読が嫌なのか分かってからは、
音読の宿題は1ページでOKということにしました。
2)
「エラーラーニング」(間違った音読を反復させる)、漢字の過度の繰り返し練習は×
→間違った状態での音読をエラーラーニングと言うなら、
ディスレクシアでなくてもエラーラーニングは害だと思います。
英語でそれをやると、大学受験の頃には発音問題が解けなくなります
(そして、そういう生徒のほうが現実には多いくらいです。
この背景には英文読解の復習法としての音読が過大評価されており、
「正しい発音での」音読がなおざりにされている点があります。
でも話がそれるのでこの辺で)。
漢字の過度の繰り返しは、
私も、子のディスレクシアが判明する前に強制していて、
最も反省していることのひとつです。
「10回書いてだめなら20回書きなさい」は、ディスレクシアにはトラウマにしかなりません。
現時点で、子の漢字学習に最も効いていると思うのは
1位 ディスレクシアの大学生に家庭教師をしてもらう
(共感、安心、ロールモデルを得る)
2位 正しい方法で勉強すれば100点取れるという成功体験
3位 ホワイトボードに書く
(体を大きめに使って1回書くほうが、鉛筆で10回書くより効果的)
4位 iPad「ゆびドリル」
(ただ、5年生になってからは、ほとんど使ってません)
3)
全校生徒の視写力を計測することでワーキングメモリの力を測り、発達障害の中でも目立たない子の存在を掘り起こすことができる
→
届いたのは「うつしまるくん」を使った授業実践例でしたorz。「うつしまるくん」は学校でしか買えない教材らしいです。
4)
音読の苦手な子にどう(音読を?)指導するか。
→この連載では、特に視覚の問題にフォーカスしていますが、
音読が苦手なのは視覚以外にも聴覚や脳の特定部位などさまざまな問題がありますし、
また視覚的問題もさらに細分化でき、それは「解決策のパズルの1ピースにはなり得ても、指導・回復・医療的介入の必要性に取って代わるものではない」
というのが、アメリカでの認識のようです。
ディスレクシアの原因はかなり多彩で、指導方法もひとつではないようです。
5)
学校の教材のなかには”雑音”(かわいいキャラクターなど)が多すぎて、学習障害者の指導に不適切なものが多すぎる
→おおむね同意。某通信添削教材などは余計な情報がごちゃごちゃと多くて
子にはつらそうです。
いっぽう、挿絵は、明らかに読解のヒントになっています。
2012-05-24
2012-05-18
聴覚処理の異常がディスレクシアの背景に
Listen Up: Abnormality in Auditory Processing Underlies Dyslexia
(聴覚処理の異常がディスレクシアの背景に)
(ScienceDaily, 2011/12/21)
の訳です。
ディスレクシアが、音声言語処理能力の欠陥と関係がある?!と言ってます。
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(聴覚処理の異常がディスレクシアの背景に)
(ScienceDaily, 2011/12/21)
の訳です。
ディスレクシアが、音声言語処理能力の欠陥と関係がある?!と言ってます。
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ディスレクシアは、文字を正確に意味・音に結びつけ識別することに困難を覚える。ディスレクシアには音声言語の音の処理の混乱が病理として背後にあると示唆されてきた。だが音声言語の音処理の混乱の仕組みや、これが読解力にどのような形で影響を及ぼすのかは、明らかになっていなかった。このたび「ニューロン」誌12月22日号(Cell Press発行)掲載の研究によると、聴覚信号の処理における特定の異常によってディスレクシアの主な症状が説明できることが明らかになった。
同論文の主著者であるAnne-Lise Giraud博士、Franck
Ramus博士(フランス、パリ高等師範学校)は次のように語っている。
「ディスレクシアの子供の大半について、ディスレクシアの主な原因は音声言語に含まれる音の処理の欠陥に関係していることは広く認められている。またディスレクシアには主に(1)音声言語に含まれる個々の音に注意を払うのが難しい、(2)実際には存在しない語や数のリストを繰り返して言う能力が限られている、(3)絵・色・数をいくつもできるだけ素早く挙げるように言われると早くできない----の3点の症状があることもよく知られている。だが、こうした症状の根底にあるものは何なのか、明確にされてこなかった」
同博士らは、「サンプリング」と呼ばれる脳の聴覚処理の初期段階について、その異常がディスレクシアに関係するかどうか調査した。調査では、音素(語を構成する音の最小単位)の初期処理の異常が、話し言葉の処理に直接影響している可能性があるとの説について調べた。
調査によると、ディスレクシアにおいては、音素と関係する聴覚リズムの通常の脳での処理が左聴覚野で欠落していること、またこの欠落が音声言語の音処理の方法と関係していることが明らかとなった。さらにディスレクシアは、言語記憶を間接的に阻害する高周波リズムに対し、通常の人と比べて高い応答性を示した。こうした「オーバーサンプリング」が、音声言語の音の表象の乱れにつながっている可能性がある。
「われわれの研究結果は、ディスレクシアの人々の左聴覚野は、音声言語の音に最適な非常に幅の狭い周波数の変調への応答性が低く、より高周波への応答性が過度に高いことを示唆している。また高周波への応答性が過度に高いことが言語の短期記憶の低下に関与している可能性もある。まとめると、我々のデータは、ディスレクシアの聴覚野は、音声言語処理のニーズに合わせた微調整が通常の人と比べて劣ることを示唆している」(Giraud博士)。
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ディスレクシアは読み書きだけでなく、聞き取りの問題もあるのか・・・
子も学校の先生から「口頭で全員に指示を伝えるようなときに、戸惑っている様子をよく見せる」とも言われており、、このことでしょうか??
ディスレクシアに関連する遺伝子変異体が、聴覚路の正中交差を減少させる
Dyslexia-Linked Genetic Variant Decreases Midline Crossing of Auditory Pathways
(ディスレクシアに関連する遺伝子変異体が、聴覚路の正中交差を減少させる)
ScienceDaily、2012/02/01
を訳してみました。
Midline Crossingの訳に自信がありません。おそらく、脳の正中線を超えて神経細胞が伸びることだと思うのですが…
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ROBO 1遺伝子のうちディスレクシアに関連する珍しい遺伝子変異体によってヒトの脳の聴覚路における正中線交差が減少することを、フィンランド人科学者グループが発見した。この遺伝子の発現が弱いほど正中線交差に異常がみられる。この研究結果は、ディスレクシア感受性遺伝子を脳の特定の感覚機能に初めて結びつけたものである。
本共同研究はフィンランドのアールト大学とヘルシンキ大学、およびスウェーデンのカロリンスカ研究所により行われThe Journal of Neuroscience誌に発表された。
動物実験を使った先行研究によると、ROBO 1遺伝子の障害は、胎児の発達時に神経細胞が正常に正中線を越えることを妨げる。ROBO 1遺伝子が完全に不全なケースはこれまで見つかっていない。ただしフィンランドのある大家族では複数のディスレクシアの人たちがROBO 1遺伝子の機能不全コピーを1つ遺伝していた例がある。ROBO 1とディスレクシアのこうした関係は、2005年にすでに発見されている。
今回の研究では、同家族の10名の聴覚路の機能的交差(functional crossing)を定量化した。定量化にはMEG(脳の弱い磁場の記録、脳磁気図検査)をもとにした高感度法を使用した。ディスレクシアと関連するROBO 1遺伝子変異を有する個人では、聴覚路の機能的交差は有意に弱かった。ディスレクシアは多くの国で人口の10%近くを占める、最も一般的な学習障害である。
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これとは直接関係ないかもしれませんが、
学習に向かう力を育てるための見取りと体づくりの提案(2年次)
(島根県教育センター研究紀要)
「今回の調査ではこの「正中線交叉(運動)」と「聞く(学習規律)」の2つの間には何らかの関係があるかもしれないという結果となっている。」
ここでの正中線交叉とは、右手で左耳・左手で右耳を触ることを意味しているようなので、
脳の正中交差とは違うかもしれませんが、
ディスレクシアでは字の左右が混乱するので、
神経細胞の正中交差が弱いと、身体運動での正中交差も苦手になる、ということものかも?
2012-03-27
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