ディスレクシア専用英語塾「もじこ塾」のブログです。 ●ディスレクシアとは:知能は普通だが、読み書きが苦手(読み間違いが多い、読むのが遅い、書き間違いが多い、読むと疲れやすい)という脳の特性 ●全体像の把握、物事の関係性・ストーリーの把握、空間把握、ifを考えるシミュレーション能力に長ける ●読み書きの困難は、日本語より英語に出やすい ●適切に対処すれば、読みの問題は表面上は克服される ●10人に1人程度いるというのが通説 ●家族性とされるが、ディスレクシアの表れ方は個人差が大きい もじこ塾は、ディスレクシアはこれからの社会に不可欠な才能、でも日々の学習では普通と違うアプローチが必要、という立場です。

2019-11-13

IDA@ポートランド,その3(PPR:反応の悪い生徒,tDCS:脳に微弱電流を流す,IDAに見られないもの)



帰国しました!昨日から授業を再開しています。
いろいろご連絡が遅れていて申し訳ありません・・・順次お返ししてまいります。

~~
◆「介入への反応が悪い生徒(Persistently Poor Responders:PPR)」
専用の指導をしてもなかなか伸びない生徒に関する発表がありました。
Non-respondersなど、いくつかの呼び名があるようです。

・オートン・ギリンガム(ディスレクシア専用指導)を3年行っても、効果がなかった
・週4日×2年、全230時間のプログラムもあまり効果なし
・・・など、胸が痛くなるプロフィールです。

・PPRは、音韻認識は持てるが、単語はなかなか読めない
→△音韻認識よりも、〇1つの単語をデコーディングする能力、
 さらには◎流暢性のほうが、PPRの指標になる

・ADHDの併発が少なくないが,ADHD自体はPPRの指標にはならない

・IQとは無関係。(IQと介入への反応に相関関係はない)

・PPRの脳を見ると、右脳のある部位がそうでない生徒より活性化している。
なぜそうなのかは不明。代償的なのかもしれない。

・PPRほど、訓練をしっかり受けた教師が担当する必要がある。

・記憶定着をはかるため、時間をかけて粘り強く、反復と練習を繰り返す必要がある。
訓練は、より長期的に行う必要がある。

・より明示的(explicit)な説明が必要
※別の発表で、explicitとは
「言葉で説明すること」ではなく、「手本を示すこと」だという指摘もありました。

・読む単語が難しくなるにつれ、PPRと非PPRの差は開いてしまう。でもPPRも成長はしている。how they are learningではなくwhat they are learningを見るべき(成長のスピードではなく、何ができるようになったかに注目すべき)

~~
生徒の顔が浮かぶ発表でした。もじこ塾にも何人か、フォニックスの表がなかなか覚えられない生徒や、フォニックスの表は言えても単語が読めるようにならない生徒がいます。

このような生徒は「音楽の耳」が良い気がします。ふわっと耳コピできて、発音がとても良いのですが、「読む」(デコーディング)にはなかなか至らない・・・

字を前にしたときの諦めが良すぎる印象がなくもないのですが,「こういう子たちも訓練の場に足を運んでいるということは,治療を拒絶しているわけではない」との指摘もありました。そうですよね。

日本語ネイティブとしては,PPRが英語にチャレンジするのなら、まず簡単な会話ができることを目標にすべきと思います。
また、限られたリソースを,英語よりも日本語に割いたほうがいいと個人的には思っています。日本で生きていくなら、日本語が読めることは大事です。

一方で、もじこ塾の助手にはPPRが複数いると思うのですが、助手業務に入るなかで、みな少しずつ英語ができるようになってます。
ディスレクシアであっても、英語はずっと続けていればちょっとずつのびることを体現しています。



◆tDCS:脳に微弱電流を流しながら訓練をすると、読字能力が上がる?!

立ち見がどんどん集まり、関心の高さが伺えた発表でした。
tDCSは検索すると、「経頭蓋直流電気刺激」と訳せるようです。

「左脳、耳の後ろあたりに単語の視覚認知に関係する部位がある。
ここにApple Watchの10%程度の微弱電流を流し、刺激しながら読み訓練を行うと、読字のスピードが向上するという実験結果が(読字の精度には変化はなかった)。
ニューロン活動を引き起こすには微弱すぎるはずだが、neurons that fire together wire together(同時に発火するニューロンは連結している)なので、何らかの因果関係があるのかもしれない。
何語に効くか、適した年齢、左脳に陰極をあてているので陽極をどこにあてるか(脳の別部位、肩etc)、どんな訓練とセットにするかなどを現在実験中。」


◆IDAで見られないもの

1) UDフォント
日本ではUDフォントの普及が進んでいますが、IDAではUDフォントという概念がないようです。「字と字のスペースをあければ同じ効果が得られる」という指摘も・・・視覚処理の困難には、あまり関心がないようです。
パワポでも印刷物でも、けっこう見にくいオサレなフォントを使うケースがあったり。
UDフォントがみられないのは残念です。

2) ASDへの言及
IDAでは「ディスレクシアの数割はADHDを併発する」は時折言及されるのですが、ASDの話題はまったく出ません。
ともすればLD学会などが、行動面の問題に乗っ取られがちなのとは対照的です。
(#さらに言うと、「発達障害」(developmental disorder)という言葉はまったく聞きません。)

ランドマーク(ボストン近郊にある、アメリカの有名ディスレクシア専用学校)のパンフレットは、「当校に合わない人」としてASDを挙げています。
ここから考えるに、「ディスレクシア」を名乗る団体は、ASD(由来の読み書き困難)を意識的に排除しているのかもしれません。

アメリカではコミュ障は生きにくく,別に考える必要があるのだろうと,今回感じました。
とにかく,どんどん自分から声を上げて,会話を仕掛けていくことが要求される社会のようです。楽しいけど1日終わると疲れます。。


3) 東洋人
何度も書いていますが,IDAには東洋人がいません。
これについては,その1にも書きましたが,ずっと考えてます。
まとまらないので,まずはここまでをアップします。

2019-11-10

IDA@ポートランド、その2(音韻認識の熱狂はひと段落、IDAのディスレクシアの定義は要改定、ディスレクシアが英語を学ぶこと2)

IDAの3日目が終わりました!


はじめに、ポートランドは安全そうな感じで書いたことを、訂正しておきます(- -;)
生徒に頼まれたおみやげを買いにホテル向かいの地元の食料雑貨店に入ったら、脱法ドラッグ(?!)を売っているし、暗くなれば物乞いはいますし、路上に布団敷いて寝ているホームレスもいます。いたたまれなくなるような貧困がこの町にもあります・・・

でも、すてきなエコシティ☆の側面もあります。
会議場との往復は、2駅ですが路面電車を使ってます。中央線並みの本数があります。



この路面電車には自転車でも乗れて、車内には自転車を立てかけるラックがあります。

また、スケートボードで公道を走ることが、認められているそうです。
男子高校生くらいの集団が、電動スケボー?のような不思議な乗り物で追い抜いていきました(@@)


IDAに、2日間参加した感想です。

◆「音韻認識の熱狂」はひと段落
一昨年は、「レターボックス」の講演がとにかく衝撃的で→★
昨年は、音韻認識をどう教えるかの発表がたくさんありました。
今年はこれら2つの話題は、参加者の間では完全消化されているようで、
新たな発見や教授法をめぐる熱狂は、ひと段落した感があります。

「レターボックス」はVWFA(Visual Word Form Area)として
いろんな人のスライドに既知のものとして登場してましたし、
音韻認識も場内は「教えてますっ!」という雰囲気でした。

 #音韻認識とは:
 ・phonological awareness, phonemic awarenessの訳。
 人によって2つの用語の定義は、微妙に違うらしい。
 「自分はphonemic(phonological awareness)と呼びたい」と断る人も。

 ・とはいえ、大まかな定義は、
 英語の音ストリームを聞いて、英語の音素に分解する能力のこと。

 (1つの単語を聞いて
 「3つのオトから出来てます」
 「最初の音は/d/、2番目の音は/o/、3番目の音は/g/」と指摘できる。
 さらには、最初と最後の音を交換したら何という語になるか言えたり、
 最後の音を/t/に変えたら何という語になるかが言える。
 このとき、字を介在させないのがポイント。

 ・ディスレクシアだと文字を教える前から、音韻認識の弱さがみられる
 (※これについては、日本語では注意が必要と言っておきます)

 ・音韻認識力は、その後の読字能力を予見するとされる

 ・ディスレクシア的には、音韻認識はスクリーニングにも使えるし、
  明示的に教えることも可能。というか長期的な訓練が必要

もじこ塾にとって、音韻認識をどう教えるかはこの1年、大きなテーマでした。
1年かけてさまざまな生徒の反応を見ながら、持ち帰った教材にかなり改変を加え、日本の中高生向けにアレンジしてきました。

今回、IDAでの発表や物販を見て、どうやらこの1年、もじこ塾で進めてきたことは、間違っていないらしいと分かりました。
それに、音韻認識を訓練すると脳のリソースに余裕ができることも、身をもって実感しました。

これから、この方法を頑張って公開してまいります!


◆「ディスレクシアなら、外国語として英語を学ぶほうが、ネイティブのディスレクシアより読字能力は高くなる」!

1日目に暗い内容を書きましたが、それを覆すような発表を聞きました!

「バイリンガルであることは、ディスレクシアにとって良い面がある」
(Bilingualism can be good for dyslexics)
「ディスレクシアであることは、英語を学ぶにあたりアドバンテージかもしれない」

一見驚きですが、聞いてみると納得の内容でした。

カナダ・トロントでの大規模な長期調査。
控えるのを忘れましたが、何千人という児童が対象だったと思います。

移民とそうでない幼稚園児に、簡単なスクリーニングを行い、ディスレクシアと定型児に分けた。
(幼稚園の先生ができるようなスクリーニングを開発したそうです。)

この子供たちに、1年生の時から教室で(取り出さずに)介入を行い、7年生で再び調査を行った。

すると、ディスレクシアについては、移民の子のほうが、英語ネイティブの子と比べ、特にディスレクシア特有の困難にまつわる項目の成績で上回った(!!)。
語の特定、文法はもとより、音素/音節削除とスペリングに至っては移民の子のほうがはるかに高かった。
(ちなみに、定型の場合、移民と母語話者では差がなかったそう)

これをそのまま、"日本のディスレクシアのほうが、カナダやアメリカのディスレクシアよりもスペリングの成績が良い"とまでは翻訳できませんが、でも、とても興味深い結果です。

理由としては、
・英語よりも複雑な言語を第一言語としているから。
例えば中国系移民の子は、漢字も学んでいる。漢字はアルファベットよりもはるかに視覚的に複雑。漢字を知っていれば、視覚的記憶が刺激されているはず。
(今回、いくつかの発表で、漢字への言及がありました)

・文法や音韻体系が異なる言語にさらされることで、言葉というものへの意識が高まっていると考えられる

注意点
・第一言語もしっかり学ぶことが前提。
親が話しかけるだけでは不十分で、教育を受ける必要がある。
(ただし、姉による年下のきょうだいへの学校ごっこが効果的だったケースも)

・ディスレクシアを念頭においた学校での指導は、質の高いものである必要がある。

日本のディスレクシアも、正しい方法でやれば英語を諦める必要はない。
頑張ろう!と思える調査結果です。

#今年の新たな傾向として、
「ディスレクシアが英語を外国語として学んだら」
への言及が、増えている気がします。
うお。IDAのほうから、もじこ塾に歩み寄ってくれるとは想定外(゚Д゚)


◆「IDAのディスレクシアの定義は改定が必要」
「ディスレクシアの定義に関するコンセンサス」
というタイトルの発表に、途中から行きました。

最初に、現行の文言の起草者が登壇したそうです。
そこを聞き逃したのは痛恨の極み・・・でも十分に面白い内容でした。

・言語の正書法(orthography)の認知的要求により、学習者の困難は変わる。
IDAの定義は英語に偏っているので、他の書記体系のディスレクシアの特徴も徐々に含めていくべき。

・ディスレクシアの困難は、音韻認識の不足(phonological deficit)とは限らない。
ディスレクシアの原因を1つに帰着させようとするのは誤り。
単語を読むことの困難にリンクするプロフィールはさまざまであり、語レベルの読み問題の識別に音韻認識の不足を必須としてはならない。

ほほ~!
1日目に会場が唱和できた「ディスレクシアは視覚処理の困難ではない」
を、起草者グループが否定しているとは!

昨年の宇野先生の苦言→★に、IDAがようやく追いついたとも言えます。

日本のディスレクシアの相当数は、漢字で大変な思いをしています。
こういう人たちは、視覚処理が関係しているディスレクシアだと言えます。
この人たちの存在が、否定されなくてよかったです。

参考:IDAによるディスレクシアの定義の和訳。
発達性ディスレクシア研究会サイトから転載→★
「Dyslexiaは、神経生物学的原因に起因する特異的学習障害である。その特徴は、正確かつ(または)流暢な単語認識の困難さであり、綴りや文字記号音声化の拙劣さである。こうした困難さは、典型的には、言語の音韻的要素の障害によるものであり、しばしば他の認知能力からは予測できないものであり、また、通常の授業も効果的ではない。二次的には、結果的に読解や読む機会が少なくなるという問題が生じ、それは語彙の発達や背景となる知識の増大を妨げるものとなり得る(2003)。



おまけ
◆なぜIDAにはアジア系の人がいないのか??
IDAでは、アジア系の人がとにかくいません。
今年も、部屋にいる黄色人種は自分だけ、ということがたくさんありました。
空港でも町でもそこまでではないので、個人的には異様な感じがします。

まだ答えは出ていないのですが、もしかしたらこれは論文が書けるくらい根深い、人種観にまつわる問題なのかもしれません。

黒人と白人の人種格差の話は、IDAではよく出ます。
参加者が感極まる話題です。

今回も開会の全体セッションで、登壇者が
「黒人でディスレクシアだと特定される生徒は白人よりもはるかに少ない。
ディスレクシア用訓練をアウトソーシングするのは高額で、黒人やヒスパニックには手が届かない」と訴えてましたし、
「ディスレクシアかどうかの判断を、肌の色が邪魔してはならない」
と涙ながらに訴えていた発表者もいました。

が・・・アジア系は話題にも出ないのです。

白人と同じ扱いなのでしょうか?
(優秀なアジア人は、個人ベースで、名誉白人的な扱いを受けているかもしれません)

アジア系の教師は少ないのでしょうか?
(いや、そんなはずはない気がします。)

あるいは、アジア系はディスレクシア教育界には入ってこないのでしょうか?

もしそうなら、ディスレクシア教育業界に関わることは、どんな社会的意味があるのでしょうか・・・日本でそうするのとは、まったく意味が違うのかもしれません。

今回、ずっと考えていることのひとつです。

2019-11-09

今年もIDAにやってきました!(その1:自己紹介の威力、「ストラクチャード・リテラシー」とフォニックス、ディスレクシアが英語を外国語として学ぶこと)

今年もIDAにやってきました!
今年は西海岸オレゴン州、ポートランドで行われています。
乗継便の国内線が遅れに遅れ、新宿の教室から26時間かけてようやく到着・・・


ポートランドは路面電車の町。夜11時でも、空港からホテルまで路面電車で行けました。
道も芝もだだっ広く、空は高く、わたしの妄想通りのアメリカの都市って感じで、時間があったら散策のひとつもしたいのですが、朝7時半には会場入りしないといけません。
アメリカ人は朝が早いですね?!



◆自己紹介の威力
こんな話からすみません・・・もじこは明らかに英会話力が上がりましたv。

IDAでは、列に並ぶときに、前後の人と会話が始まるのが普通です。

登録の列で、コーヒースタンドのレジ待ちで、
"Where are you from?"
"Where do you teach?"
から始まり、自分の番が回ってくるまで意見交換し、
"Great talking to you. Have a nice day!" と別れます。

過去2回はその輪に入れず、自分の前後で会話が始まるのを指をくわえて見ているだけだったのですが、今年は自分から仕掛けてますv。
「Where do you come from? I come from Tokyo, Japan. I teach English.
I have a small private classroom. My students are all dyslexics ...」

なぜこれができるかというと、もじこ塾ではしょっちゅう自己紹介をしているからです!覚えるくらい自己紹介を繰り返していると、こういう状況でも言葉が出てくるらしいです。

フォニックスや音韻認識の練習を徹底的にやっていることの効果も感じています。
単語の発音に自信が持てるので、脳のリソースをその分、内容にあてられます。

同業者である参加者と会話することも、IDAに来る大きな意義のひとつだと、3回目にして知ってしまいました。しかもこれは相当楽しいです( ̄ー ̄)

~~

「アメリカでは、ディスレクシアはよく知られているんですか?」
と話を振ると、今日聞いた限りでは全員が
「まだまだ全然。学校のなかでもホールワード派(=アンチ・フォニックス派)のなか一人で戦ってるのよ」
「そもそも、ここポートランドだってホールワード派が主流」とのこと。

IDAに来ているのは特に熱心な先生たちで、彼女たち(ここは女性比率99%の集団です)もそれぞれの場所に帰ると、孤軍奮闘しているらしいです。
このあたりは、LD学会と大差ないようです。


◆「ストラクチャード・リテラシー」とは
とはいえ、IDAのなかでは、フォニックス(英語の音と文字の対応)を明示的・網羅的・段階的に教えることは、当然とされています。
去年は「音韻認識をどう教えるか」が流行語でしたが、今年はどうやらそれもすでに当然となっていて、「統語(受験英語でいう構文)、読解、ライティング(内容のある文章を書く)」もあわせて教えるべきで、そこをどのように教えるかが今年は議論されています。
フォニックス、音韻認識、統語、読解、ライティングをあわせて、
Structured Literacy(ストラクチャード・リテラシー[体系的な読み書き教育])と呼ぶことにしたようです。

ストラクチャード・リテラシーのうち、統語と読解については、日本の英語教育はすでに答えを持っていると思います。
特に構文の教え方は、伊藤和夫(駿台の往年の名講師)が、ある意味ネイティブ用よりも体系的に完成させています。

IDAで、文法やパラグラフ構造の教え方の話を聞くと、
日本の英語教育は、日本語ネイティブのためにはかなりいい線行っていると、改めて感じます。

大きな課題は英語教育の最初の部分、つまり
・英語の音素と文字の対応(フォニックス)、
・英語の音ストリームを聞いて、英語の音素に分解する能力(音韻認識)
に集約されそうです。

来年度から小学校英語が必修化されます。
この2つを教えることが本当に大事なんだと伝えたい・・・


◆フォニックスは、教師の数だけ教え方がある
フォニックスについては、それが「英語のオトと文字の対応を教えること」より先については、それこそ教師の数だけ教え方があると言っても過言ではないようです。
どこまでをフォニックスルールとして教えるか、接頭辞(re-など)や接尾辞(-tionなど)もフォニックスの続きとして教えるか、さらには、シンセティックとアナリティックのどちらがよいかは、教師によって、あるいは対象とする生徒によって違うようです。

今日の発表を聞いて、「一つひとつの字をなんと読むか」の次の段階については、日本発のアナリティック・フォニックスも、IDAの発表内容にひけをとらないと感じました。


◆会場の人たちが唱和できるフレーズ2つ
会場の人たちが唱和できるほど浸透しているらしいフレーズが、2つありました。

・The Simple View of Reading is word recognition and language comprehension
(「読む」のシンプルな説明とは「単語を正しく認識できること」と「言語を理解していること」)
うんとざっくり言うと「読む=読字+読解」とでも言い換えられます。
よくわかります。
もじこ塾には「読字ができれば読解はたやすい」と感じさせる生徒が多いです。

一方で、「字」ではなく「語」を認識すること(word recognition)と言っているのには、注意が必要かなと感じます。
この2つは漢字では重なってますが、英語では別物です。

もじこ塾的には、単語の中がもやもやする、単語の意味をなかなか覚えられない、似た単語をとりちがえる、など、「語」は確かに鬼門です。
ディスレクシアにとって「単語」という単位こそが本当に難しいということは、教えるにあたり意識する必要があります。


・Dyslexia is not a visual processing problem.
(ディスレクシアは視覚処理の問題ではない)
これを会場全体が声を合わせて言えたのにはびっくり。ちょっと、いや、かな~り承服しかねるのですが・・・英語のディスレクシアはそれだけ、音韻の困難が大きいことの表れなのでしょうが、それにしても。
ここにはとても書けませんが、日本のディスレクシア業界がここ数年、視覚的困難に対応してきた成果が、一刀両断されていました。

そんなこともあって、列の前後の人との会話タイムでは、草の根で訴えてしまいました。
「日本では視覚的な困難に関係するとみられるディスレクシアも確実に存在し、英語を学ぶようになって初めて音韻に関係するディスレクシアが表れるんですよ」と。。


◆ディスレクシアが、英語を外国語として学ぶこと
この話は、IDAでは初めて出た気がします。

「ディスレクシアはギフト(才能)だと言われるが、この国で英語が外国語なら、ディスレクシアはギフトとは言えない。
読むことに価値を置くかどうかは文化的な問題。そしてこの国は読むことに価値を置く文化である。機会を得るためには読めないといけない。
大学に入っても読むことに苦しんでいたら、ディスレクシアはギフトというより天井になる」

「ディスレクシアはアッパーミドル白人だけの問題ではない」つまり移民や貧困層の問題でもある、という文脈の話ですし、あくまでも「(アメリカで)ディスレクシアが、英語を外国語として学ぶこと」ではあるのですが、残してきた生徒を思い、心が痛くなる発言でした・・・もじこ塾には、身を削るようにして英語と格闘する生徒がいます。

それでも、アメリカに行ってみたいなら行ってみるべき、ディスレクシアであることはそれを止める理由には少しもならない、と生徒たちには言いたいです。
来てみるとわかりますが、ここは見た目から何から本当に多彩な人たちの集まりです。同調圧力とはベクトルの方向性が真逆で、「自分はこういう人です」という精神的自立が常に要求されます。

と同時に、これは会話を仕掛けられるようになってようやく分かったことですが、
自立した人たち同士が助けを求めること、助けを求められることを、美徳とする文化がアメリカにはあります。
自分をしっかり持った人が、「自分は外国人でディスレクシアなので手伝ってほしい」と頼んできたら、その人を助けるのが正しいことである。
そんな価値観が、アメリカにはあると感じます。

では2日目に行ってきます!

2019-07-17

「ディスレクシアが得意なこと」もじこ塾ver.

当ブログを作ったのは,「ディスレクシアの利点」という記事を読んで訳したくなったのがきっかけでした。
以来,この記事は私にとって,生徒を判断する基準になってきたのですが,どうやら当の生徒たちがディスレクシアの長所を知らないようなので,もじこ塾バージョンを作ってみました。
pdf版→★

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もじこ塾で見ていると,「狭い意味でのディスレクシア」と「広い意味でのディスレクシア」がいることに気づきます。
ADHDやASD由来でも,あるいは原因不明の他の発達特性によっても,読み書き困難は表れるようです。この人たちはもじこ塾的には,「広い意味でのディスレクシア」です。

一方,以下に示すような特質と,読み書き困難をあわせもつ生徒もいます。
こだわりはなく,多動も(ほとんど)なく,人当たりがよく,空気は抜群に読め,ルールの隙を突きたがり,そして字が苦手な一派です。
もじこ塾ではこうした生徒を狭い意味でのディスレクシア,つまり「純粋ディスレクシア」と呼んでいます。
もじこ塾は,純粋ディスレクシアのための塾であろうとしています。

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pdf版→★

ディスレクシアは自由と創意工夫を好み、場の空気が読める、戦略思考の強い人たち。
読み書きの苦労は特性の一面にすぎません。
得意な能力は、大きく分けて 4 つあります。


1.空間把握能力 
立体をリアルに想像し、頭のなかで操作する力。
◆表れ方 
・立体をリアルに想像し、頭のなかで自由自在に操作できる。
・レゴ、工作、プラモデルなどが好き 
◆この能力が裏目に出ると 
・文字が反転する(bとdなど) 
・ことばで表現するのが苦手 
◆適職 建築家、エンジニア、アート系 
もじこ塾での表れ方・・・立体図形を頭のなかで回すことも止めることもできる。少しの情報で位置関係がわかる。数学、物理、美術、ものづくり、絵や写真が得意。視野が広い。左右盲。文字情報を、書いてある順に処理するのが苦手。 
※「ディスレクシアは絵で考える」。空間把握能力はディスレクシアの最大の特徴とよく言われ、理系科目や美術系が得意という形で現れます。一方、文字が反転するという形でも現れます。


2. 俯瞰 (ふかん)能力
大きな視点で物事をとらえ、全体像をつかむ力。
◆表れ方
・断片的な情報から、全体像を思い描く
・人が気付かない関係性を見抜く
・複数の視点から物事を眺める
・一つの専門におさまらず、複数分野にまたがって活躍する。普通とは異なる経歴
・つっかえながら読むが、内容理解は深い
◆この能力が裏目に出ると
・速さ正確さが求められるテストが苦手
・設問を深読みしすぎて意味を勘違いする
・順序立てて論じるのが苦手
◆適職 科学者、デザイナー、企画関係など
もじこ塾での表れ方・・・読めさえすれば内容はよくわかる。周りをよく見ており、空気を読んで行動する。話が飛躍する、時系列に沿わない。大局観がある。相手の立場に立てる(優しい、優柔不断)。単語の真ん中がもやもやする。
※「ディスレクシアは全体像が見える」。この能力は、時空を超える壮大なスケールの洞察力として現れます。一方、細部(スペルなど)に注意が行きにくいようです。


3.物語理解能力
物事をストーリーとして理解し表現する力。

◆表れ方
・ストーリーとして、物事を理解し記憶する
・エピソード記憶が意味記憶より強い。抽象化せずに具体的なストーリーのまま理解する
・具体例やたとえ話を使った説明を好む
・少しの刺激で、記憶がリアルによみがえる
・固有名詞は覚えないが、昔の事をよく覚えている
◆この能力が裏目に出ると
・事実の丸暗記や抽象化が苦手
・問われたこと以外も答えてしまう
◆適職  作家、法律家、教師、営業関係
もじこ塾での表れ方・・・物語を使って暗記し、思い出す。できごとや雑学を生き生きと印象的に語る。登場人物の感情を想像できる。経験や体感を通じて学習する。短文は覚えられるが、単語を覚えるのは苦手。
※ディスレクシアはストーリーで物事を理解します。このため、ディスレクシアだと本人に初めて伝えるときには、適切な希望を持てるよう,苦手だけでなく得意についてのストーリーも示すべきです。



4. シミュレーション能力
変化する状況のなかで、的確に予測を立てる力。

◆表れ方
・規則性を見抜き、それをもとに予測する
・気ままな空想ではなく、正確な予測を目指す
・まず結論に至り、そこから逆算して考える
◆この能力が裏目に出ると
・スピードや効率は落ちる
・結論が見えるまで動き出せない
・端から見るとぼうっとしているため、学校ではこの能力を発揮しにくい
◆適職 エコノミスト、起業家
もじこ塾での表れ方・・・戦略思考:ルールの"きわ"を狙いたがる、ルールの隙を突きたがる。直観的。気が利く。物語の展開や結末を的確に予想できる。目標が決まると意志の強さ、行動力、粘り強さを発揮する。
※「ディスレクシアはモチベーションで動く」。 やりたいことが決まれば、どんどん動ける人たちです。そのためには、ひとりで自由に考える時間をもつこと、自分の道は自分で決めること、そして自分の直観的判断を信じることが、何より大事です。



pdf版→★

2019-05-05

ディスレクシアのチェックテスト・もじこ塾ver.

生徒と相談しながら、ディスレクシアのチェックテストを作りました。
ちなみに、もじこ塾の全生徒の平均点は・・・(末尾に)

このチェックテストは、診断に代わるものではありませんし、
もじこ塾はこのチェックテストに伴って発生したいかなることにも責任を負いません。
気軽にお試しいただければ幸いです。


 

このチェックテストは、IDAによるチェックテストをもとに、
2ヶ月近くかけて、数十人の生徒に回答とフィードバックをお願いしながら、
問いの表現や順番を練り上げて作成したものです。


もじこ塾の塾生の平均点は約10点で、満点も数人います。
生徒のフィードバックより:

~~~以下は、チェックテスト終了後にお読み下さい~~~

2019-03-13

筑駒で授業してきました!


​筑駒でディスレクシアについて語ってきました!

筑駒,こと筑波大学附属駒場高校。


依頼内容は「障害学の選択授業で話をしてほしい」というものでした。
こんな私でいいんでしょうか。しかし,頼まれればホイホイと出かけてしまうもじこです。喜んで出かけていきました。

日本のトップレベルの若き知性に、ディスレクシアの何を知ってもらいたいか、、、
悩んだ末にたどりついたのが、
「生徒の1割はディスレクシアのはず。たとえ筑駒であっても。」

「ディスレクシアという障害について知ってください」
という悲壮感(?)あふれるスタンスではなく、
「『もしかして自分も』と思ってもらえたら」
というスタンスで行くことにしました。

そこで、ディスレクシアについて最低限の説明をしたあとは、ハリボーチャレンジをしてもらいました(!)。
すると、出席していた生徒にも、読字に困難があると名乗り出る人が数名いました(!!)。

右は普通の文,
左は字を入れ替えたり,反転させたりしてあります。
大半の生徒は「無理~」と言ってましたが,
「どっちでも大して変わらない」と言った生徒も…
「どのみち単語がもやもやしているから」
(→ディスレクシア)
「1文目でfood wasteと見えた瞬間に,内容を全力で推測してしまう。
当たれば意味はわかるが,外せばさっぱり」
(→ディスレクシア)
「正しい単語は簡単に推測できる,でも意味が頭に入ってこない」
(→ハイパーレクシア)


「読み間違い、書き間違いが多い。基本的に、字が汚い人が多いです」と言った時点で「俺だろ/お前だろw」という声があちこちで上がり、
ディスレクシアの​チェックテスト​→★を見てもらうと​、何人かの生徒が
「自分、これにすごく当てはまってしまうんですけど?」
と言い出し・・・

ハリボーチャレンジ→★を「無理です」と言う生徒が​数名​。
音韻操作ができないのは,英米ではディスレクシアの典型症状とされます。

☆  ☆  ☆

筑駒の生徒たちは根っからの学問好きで、肩肘張ったところがまったくなく、ディスレクシアに対する偏見もなく、こちらの話によく反応してくれました。
ディスレクシアの可能性があると分かった数名の生徒たちとも、短い時間でしたが、お互い真摯に話ができたと思います。

#別のことをしながら、こちらの話を聞く生徒が多く​(笑)​、「ギフテッドは退屈すると多動風の症状が出る」を地で行っていました。2つのことを同時並行するくらいでちょうど落ち着くのでしょう。それでも、質問は非常に当を得ていました(・∀・)


「ディスレクシアであれ、他の特性であれ、自分の特性を理解するのは、とても大事なこと。
そうすることで,他人が勧める勉強法に踊らされることもなくなるし,変な悩み方や回り道をしなくてすみます。
ましてディスレクシアは、なくなるものではなく、一生それとともに生きていくもの。
ちゃんと受け止めると、いいことがいっぱいあります」
​と話しました。

「ともにいきる」という名前の授業でしたが、それは「自分の中にある〈障害〉とともに生きる」ということかもしれません。


☆  ☆  ☆

先生方とも少し話ができました。

「本人に、たとえばクラス全体の前で大々的にカミングアウトさせる必要はないと思います。

それよりも,先生方の間で生徒の特性に関する情報を共有すること、
そして,特性ゆえにできないことを、糾弾したりバカにしたりしないこと。

それだけで、その生徒への声かけから変わってくるはずですし、
生徒にとっては、だいぶ違います」

とお話ししました。

☆ ☆ ☆

​お呼び下さった先生には、この場をお借りして御礼申し上げます。
貴重な機会を下さり、ありがとうございました。

もじこは,ディスレクシアの話ができるのであれば,時間の許す限り出かけていきます。
今回はもじこ塾からタクシーで15分の場所でしたが,授業と重ならず,交通費さえ出して頂ければどこへでもまいりましょう。ご用命下さい!


2019-01-02

2018年を振り返って

あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。


もじこ塾は、南新宿に教室を構えてから、もうすぐ満二年を迎えます。
もじこともじこ塾の2018年を振り返ります:

◆1月
センター試験。
生徒のうち数人が、合理的配慮を受けて受験に臨みました。
合格体験記は大きな反響を呼びました。合格体験記を書いてくれた生徒たち★  ★  ★は、いまやもじこ塾に助言をくれたり、さらには助手となって活躍しています。

◆4月
授業日誌のブログを開設→★。
助手がたくさん書いてくれています。いつもありがとう~

改めてまとめて読み返すと、日々ディスレクシア的な気づきがあり、なかなか読み応えがあるじゃありませんか(自画自賛)。
もじこ以外の書き手はもちろん、登場人物はほぼ全員ディスレクシアです。こんな場はなかなかないですよね、みんなパイオニアです。

反響が特に大きかった記事:
  (アクセス数1位。朝日新聞の記者さんにお渡ししたメモです)
  (アクセス数3位。教師の目の前で音読訓練をする必要性について)
  (アクセス数5位。助手2名が、自分の中学時代のバトルについて書いてくれました)
  (答案をパソコンで入力する合理的配慮、合理的配慮のオペレーションの大変さ)


◆6月
16日、朝日新聞東京版に、もじこ塾が紹介されました→★

記者さんは、とても誠実な若い方で、限られた紙面のなかで、こちらの言いたいことを最大限汲んでくださいました。

実は、掲載直後の反応は、身構えていたほどは全然ありませんでした。
新聞の反響はむしろ、じわじわと細く長く続くようです。ネット上に記事が残ることと関係があるかもしれません。
ディスレクシアを知らない知り合いから「新聞記事見ましたよ」と言われることが今も続いていて、改めて新聞のもつ拡散力とはどういうものかを知りました。
新聞は、ディスレクシアを知らない人に、まずはそういう人がいることを知ってもらうという「啓発」の部分では、非常に大きな力を持っているようです。

~~~

また、この前日となる6月15日、アメリカのディスレクシア教育界のレジェンド、ダイアナ・ハンバリー・キング女史が永眠されました。
一昨年のIDAでは、ディスレクシア教育ひとすじ60年の経験が語られ、会場は感動の嵐でした。会場全員で90歳のハッピー・バースデーを歌いましたが、その半年後の訃報となりました。

もじこ塾で使っている筆記体練習本も、女史の手によるものです。
「Thank you so much!! My students love this book too (この本は日本のディスレクシアの生徒にも効果絶大です!)」と直接伝えたかった・・・



決して忘れないこと……目の前の生徒は、これまで失敗と失望のくり返しだったことを。“本気を出してない” “頭が悪い” “ケアレス”と言われたり、教師からバカにされたり、叱られたり、クラスでいじめにあったり…
あるいは,親切で理解があり,善意で接してくれる教師でも,読めるようにする方法は知らなかったかもしれない。
なのでその生徒は、「読めないのは自分が悪い」と思ってきた。
不思議なのは,それでもその生徒が,読みたい気持ちを失っていないこと,そして,あなたを信頼して「教えてほしい」と思っていること。
生徒には敬意をもって接しなさい。 
できるだけ早く、でも必要なだけ時間をかけて。
正しくやれば、ひとの人生を変えるという、栄誉が与えられます。
(Never Too Late! より翻訳)

「正しくやれば生徒の人生が変わる」、ディスレクシア教育はそのくらいインパクトがある・・・という言葉は、私の座右の銘になりました(T T)
と同時に、「正しくやる」とはどういうことか・・・試行錯誤中です。


◆9月
夏に書いた英作文の問題集が、発刊されました→★
学校採用(高校を通じてしか買えない)、一般の書店では売っていません。

実はこの1年で4冊、このような問題集を書きました。
1年半くらい本当に1日も休みがなかったので、今頃になって少し疲れが出ています…
いろんなことが後手に回り、連絡が滞ったこと、申し訳ありません。

今年は各方面に失礼がないよう、連絡や返信をきちんとして、締切を守りたいです。


◆10月
1日、東京都で、合理的配慮を義務化する条例が制定されました→★。
つまり私立学校も、合理的配慮が義務になったのです。

もじこ塾には、合理的配慮を受けてこれから一般入試に臨む大学受験生がいます。
数年前と比べれば私立大学の対応はずいぶん親切になりました。ありがたいことです。
合理的配慮を申請しながら入試に挑む生徒たちは、本当にこの業界のパイオニアで、尊敬に値します。

もじこ塾にも合理的配慮のノウハウがかなり蓄積してきました。
合否がからむ問題のため、リアルタイムで紹介するのが難しいのですが、今の時点では・・・

「合理的配慮は実のところ、受験者本人の人格と、親の度量が問われている」
「"法律で義務化されたのだから、うちの子に[私に]合理的配慮を!!"と迫る戦闘員のようなスタイルは、まず成功しない」

・・・くらいのことは言えます。

欧米で生まれた「配慮」という概念を、社会的背景がまったく違う日本に導入することの難しさについて、普通の人でももっとわかるように議論を整理する必要があります。そんなことにも今年は挑戦してみたいです。


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10月末には、アメリカのディスレクシア学会、IDAに今年も行ってきました!
今年の最大の収穫は、音韻認識を教える教材に出会ったこと。
「ハリボーチャレンジ」と呼んで、日々試行錯誤中。すでにIDAから持ち帰った形から、だいぶ進化しました。
この教材を完成させたいです。そうすれば、ディスレクシア的困難がだいぶ克服できるはず・・・







ハリボーチャレンジについて詳しくは:

181031 新宿水曜②クラス(ハリボーチャレンジその1)
助手のピノコが、音韻・音節・抑揚について書いてくれました。

181106 りちょぱさん(ハリボーチャレンジの感想)
圧倒的に視覚優位のりちょぱさんが、ハリボーチャレンジの難しさについて書いてくれました。

181124 番外編:定型の高3にハリボーチャレンジ
もじこが出講する予備校で、ディスレクシアでない生徒にハリボーチャレンジを行ったときの様子です。

ハリボーチャレンジの方法を、勉強会で実演します。
ご興味のある方はぜひお越し下さい
中1ショック対策、保護者向け講習会→★


◆11月
もじこ塾の卒業生が、ふたたび朝日新聞の取材に応じました→★
大学入試センターは受験者にヒアリングを行ってほしい、後に続く受験生たちによりよい合理的配慮を提供するために…というのは、合理的配慮を受けた生徒たち共通の願いです。


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もじこ塾はいま、高校受験と大学受験の直前期です。ラストスパート頑張りましょう!

2020年の学習指導要領改定によって、小学校で英語が必修化されると、このブログにも「英語 スペル 覚えられない」などで検索してくる人が大量発生すると予想されます。
予言しておきます・・・小学校で英語が必修化されたら、従来の方法ではまったく英語が覚えられない層が1~2割は出てくるはず。無用な苦しみを生徒に与えないよう、啓発が必要です。
小学校英語は(中学校も)、チャンツやハイテンションな会話だけでなく、フォニックス、音韻認識、純粋書字練習も必要です。

そして、いずれは中学受験にも英語が入ってくることでしょう。
中学受験界は学校よりも締め付けがはるかに厳しいので、子供がスペルを全く覚えられないことを悲観した親が、思いつめて傷害事件などを起こさないか、本当に心配です・・・
ディスレクシアには違うアプローチが必要なんだということを、中学受験界に一刻も早く伝えていかなくてはいけません。(これはもじこの範囲外なので、誰かやって下さい~)

また、大学入試も大きく変わろうとしています。
センター試験の英語廃止(それでいま英検がブームです)も大きな変更点となるでしょうが、それ以上に23区私大定員厳格化、それに伴う推薦入試比率の増加が明らかです。
大学受験業界は小学校以上に、動きが読めません。

そんなわけで、今年は嵐の前の静けさのような一年になりそうです。
今年は少し、ディスレクシア的発信に挑戦してみたいと思っています。
しかしながら、もじこ塾には生徒がいますので、まずは何よりも、生徒とともに進化していきます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。